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NikonがコンパクトカメラDLシリーズを発売中止

 ニコンが昨年2月に発表した1インチセンサ搭載のコンパクトカメラDLシリーズの発売を中止することが各メディアで報じられています。
ニコン、1型コンパクト「DL」シリーズの発売中止を決定 - デジカメ Watch

 DLシリーズは当初2016年6月の発売が予定されていましたが、同年4月20日に「画像処理用のICに重大な不具合があることが判明」したため発売延期となっていた経緯があります。
 
 今回のNikon公式のニュースリリースでは以下の通り説明されています。

株式会社ニコン(社長:牛田 一雄、東京都港区)は、発売時期を未定としておりました、プレミアムコンパクトデジタルカメラ「DL18-50 f/1.8-2.8」「DL24-85 f/1.8-2.8」「DL24-500 f/2.8-5.6」の発売中止を決定しましたので、お知らせいたします。
「DLシリーズ」は、発表当初2016年6月発売予定としておりましたが、画像処理用のICに不具合があることが判明したことから、発売を延期させていただいておりました。
その後、お客様にご満足いただける商品とすべく、全力をあげて開発に取り組んでまいりましたが、開発費が増加したこと、および市場の減速に伴う販売想定数量の下落等も考慮し、収益性重視の観点から、発売中止を決定いたしました。
製品の発売を長らくお待ちいただいたお客様をはじめ、販売店や関係者の皆様には、多大なるご迷惑をお掛けしますこと、心よりお詫び申し上げます。

Nikon | ニュース | 報道資料:プレミアムコンパクトデジタルカメラ「DLシリーズ」発売中止のお知らせ

 すなわち、直接的な発売中止理由は収益性重視のためであると読み取れます。収益が芳しくないであろうと想定される理由としては以下の2つが挙げられています。

  1. 開発費の増加
  2. 市場の減速に伴う販売想定数量の下落

 後者の市場低迷についてはNikonに限った話ではなく各社共通の課題ですから、適当な言い訳として取って付けたような感じがしないでもありません。が、後述の業績下方修正のみならず、希望退職の件を見るとかなり深刻なのかもしれません。
 前者の開発費の増加については、前述の画像処理ICの不具合も影響していることは想像できます。しかし昨年4月時点で不具合は判明しており、その時点で発売中止と判断されなかったことから察するに、その後のリカバリが当初想定以上に難航したということなのではないでしょうか。

 以下、何が問題だったのか考えてみたいと思います。
 もちろん私は中の人ではありませんので単なる推測にしかすぎませんし、非難や中傷を目的とするものでもありませんし、金融商品等の投資勧誘を目的とするものではありませんし、投資判断の根拠として依拠すべき情報でもありません。
 

2016年の発売遅延モデル

 昨年4月時点ののニュースリリースでは以下のように発表されました。

2016年2月23日に発表しましたコンパクトデジタルカメラ新製品「COOLPIX A300」「COOLPIX B500」「COOLPIX A900」「COOLPIX B700」および「2016 インターナショナル CES」、「CP+ 2016」で参考出展しましたアクションカメラ「KeyMission 360」に関しまして、ソフトウェアの調整に時間を要しているため、発売を延期させていただくこととしました。
また、2016年2月23日に発表しました、プレミアムコンパクトデジタルカメラ「DL18-50 f/1.8-2.8」「DL24-85 f/1.8-2.8」「DL24-500 f/2.8-5.6」(当初、3機種ともに6月発売予定と発表)は、画像処理用のICに重大な不具合があることが判明したため、発売時期については未定とさせていただきます。詳細が確定次第、改めてお知らせいたします。

Nikon | ニュース | 報道資料:デジタルカメラの発売に関するお知らせとお詫び

 すなわちDLだけではなく発売延期となった製品は、以下のようにリリース予定が変更されたことになります。

モデル名 当初発売予定 延期後
COOLPIX A300 2016/04 2016/05
COOLPIX B500 2016/04 2016/05
COOLPIX A900 2016/04 2016/07(2016/06に2016/10に再延期)
COOLPIX B700 2016/04 2016/07(2016/06に2016/10に再延期)
KeyMission 360 2016春 2016/10
DL18-50 f/1.8-2.8 2016/6 未定(2017/2に発売中止発表)
DL24-85 f/1.8-2.8 2016/6 未定(2017/2に発売中止発表)
DL24-500 f/2.8-5.6 2016/6 未定(2017/2に発売中止発表)

 

 これだけ多くの製品リリースが遅延するのは、純粋に開発リソースが足りていないということなのではないでしょうか。言い方を変えると、実態と乖離したスケジュールを引いたマネジメントの問題と表現できるのかもしれません。
 

遅延理由を考える

熊本地震

 昨年4月に発生した熊本地震の影響も無いわけではないのでしょう。ですが、当時大打撃を受けたのはSONYの(スマホ向けなどではない比較的大型サイズのデジタルカメラ向け)イメージセンサ工場であり、上記のCOOLPIX A/B, KeyMissionシリーズのような製品にはほとんど影響が無かったはずです。実際、これらの機種はソフトウェアの問題であると発表されていますし。
 DLシリーズの1インチセンサの供給元がSONYなのか、同じく1インチセンサを搭載したNikon1シリーズ*1のようにAptina(を買収したON Semiconductor)なのかは不明ですが、DLについてもイメージセンサの問題ではなく画像処理用ICに重大な不具合が判明したと発表されています。
 といったことから察するに、熊本地震の影響はゼロでは無いかもしれませんが、致命的な影響はなかったと考えられます。

現像エンジン?

 DLシリーズの各製品ページにはサンプル画像が掲載されており、撮影可能な状態までは仕上がっていることも判ります。ですが、全ての画像が「12ビットRAW(NEF)」で撮影されており、「画質モード:RAW(12-bit)で撮影したものは、Jpegに変換しています。」と記されています。要するに現像エンジンが仕上がっていないのかもしれません(単にチューニング中なだけの可能性もありますが)。

 普通に考えれば、多数のデジタルカメラを製造してきたNikonに現像エンジンの開発能力が無いとは考えにくいことです。ですが、DLシリーズならではの事情を考えると、単純に従来機の流用では済まない面もあることも察せられます。
 1インチセンサを搭載していることから、スマートフォンや廉価なコンパクトカメラを凌駕する画質を実現するポテンシャルは十分にあるでしょうし、その程度の低い目標なら容易に達成できるでしょう。一方でフルフレーム機やAPS-C機と比べれば小さな1インチセンサで実現できる画質は、それらよりは良くならないこともまた事実でしょう。安価とは言えない価格でリリースする以上は、その主な客層となるであろう目の肥えた一眼ユーザにもそれなりに受け入れられる画質を実現する必要があるわけですが、それにはレンズ性能も伴う必要があるでしょう。
 それでもレンズ交換式ではなくレンズ固定式という形態から、小型化とコスト抑止のためには無条件に光学性能を最優先とすることはできず、ある程度は電子補正でカバーするという実装になることも想像されます。DL18-50などは超広角、DL24-500は望遠と言った具合に、搭載するレンズのカバーする領域は異なりますが、いずれもチャレンジングな口径比のレンズを(そのスペックから考えれば)コンパクトなサイズで搭載していることから、各レンズに応じた電子補正に頼る面も大きかったのではないでしょうか。それでも、十分な高画質を実現することは簡単ではなかったはずです。
 2000万画素クラスのイメージセンサを搭載していながら、公開されているサンプル画像は1280x854と約100万画素しかありません。単純なレンズディストーションを補正することはできても、パープルフリンジが数ピクセル幅にも及ぶとうまく消せないとか、既存の補正方法を単純に流用するだけでは難しい補正もあるでしょう。それ故に、粗が目立たない解像度でサンプル画像を公開していたのかもしれません。
 電子補正ではどうにもできない、或いは処理結果の画像品質に満足できず、光学系まで作り直す必要があると判断されたとかそんな勢いなら、開発費の暴騰もあるでしょうけれど、実際のところ何があったのかは判りません。

動画機能?

 Nikonに知見があまりなさそうなのは動画機能でしょうか。4K対応機に限れば、Nikonの一眼ではD5、D500、Nikon1 J5しかありません。しかも、DLシリーズと同様1インチセンサ搭載のNikon1 J5では15fpsでしか撮影できません。一般的には映像のフレームレートは低くても24fpsですし、標準的には30fpsであることを考えれば、J5ではマーケティング的にとりあえず4K対応と言いたいがために4K/15p撮影可能にしただけではないかとすら思えます。
 このような背景を考えると、発売中止になったDLシリーズでは4K/30pでのMP4記録に対応することが発表されており、その仕様が実現できなかったのではないかと推測することもできそうです。
 イメージセンサが4K/30pでの読み出しに対応してさえいれば、簡単に4K/30p映像記録可能なカメラが作れるわけではありません。イメージセンサから読みだした映像信号を処理し、H.264形式で圧縮するエンコーダが必要なのはもちろん、それらを制御する機能も必要ですし、この半導体群を適切に冷却する実装技術も必要です。4K撮影対応を謳うスマートフォンが数分で撮影が停止するとか、熱で撮影が止まるとかいった事例も多くあります。過去にはSONY初のミラーレス機だったNEX-5も(当時はFull HD解像度ですが)長時間撮影していると加熱のため撮影が止まるとか、小型の映像撮影機器は放熱との戦いでもあります。一方で、小型化のために内部部品の高密度実装も行われているわけで、小さな機材ほど熱の扱いは困難なわけです。その点、レンズ一体型でコンパクトなDLシリーズは放熱が困難であろうことが察せられ、安定した4K/30p映像が撮影可能な状態を実現するのは難しそうに思えます。
 放熱以外にも、4K解像度に対応するということは圧縮前にはFullHD比で4倍のデータ量の情報を扱う必要があります。扱う電気信号の高周波化なりパラレル化なりが必要で、ノイズの影響を受けないような回路設計の工夫も必要でしょう。うかつにシールドで保護したら放熱が困難になりますし、知見が無ければ大きな困難でしょう。Nikonの得意な静止画連射時は、フル解像度でも一時的にバッファに貯めるまでの高速処理が要求されるだけですが、4K動画の場合は録画中は常時高速な電気信号を扱う必要があるわけです。それも、イメージセンサの読み出しからSDカードに書き込むまでの全過程が、従来のカメラより高速に動作させる必要があるわけで、これもまた知見が無ければ簡単なことではないでしょう。
 それでも、動画機能のスペックを落とすなりして発売した方が、これまでの開発費を全て投げ捨てて発売中止するよりは投資回収できそうな気もするのですが。それもサンクコストと割り切って発売中止の判断となったのでしょうか。

 いずれも真相は判りませんが、2月のCP+取材記事などで明かされたりするのでしょうかね。
 

業績下方修正

 DLシリーズ発売中止と同日に、前回発表予想より営業利益にして-10.2%の業績下方修正もニコンから発表されています。下方修正理由としては「映像事業のデジタルカメラ関連製品」が名指しで上げられています。

通期の連結業績予想につきましては、精機事業における FPD 露光装置の販売が引き続き好調に推移しているものの、映像事業のデジタルカメラ関連製品およびインストルメンツ事業の産業機器における市場の減速の影響を受け、全社としては前回予想の営業利益を下回る見込みです。

平成29年3月期連結業績予想の修正に関するお知らせ(PDF)

 なお、上記で前回発表と言っているのが、昨年11月の以下の発表です。この時点でも「デジタルカメラ」という文言こそ出てきませんが「映像事業」が厳しいと表明されています。

通期の連結業績予想につきましては、映像事業をはじめとして厳しい事業環境にあるものの、精機事業における FPD 露光装置の販売が引き続き好調に推移しており、全社としては前回予想の営業利益を確保できる見込みです。

平成29年3月期連結業績予想および配当予想の修正に関するお知らせ(PDF)
 
また、DLシリーズ発表中止と同日には業績下方修正だけではなく、希望退職についてのリリースも発表されています。ニコン本社と国内グループ会社に対して1,000名程度の希望退職者を募集したところ、1,143名の募集が集まったことが開示されています。
希望退職者の募集の結果に関するお知らせ (PDF)
 1143名の内訳は不明ですが、国内のデジタルカメラ事業は株式会社ニコンの映像事業部と株式会社ニコンイメージングジャパン(上記PDF中の表現の「国内グループ会社」の一つ)が手掛けているはずで、優秀なエンジニアが流出しないとよいのですが。
 

雑感

 実際のところ、DLシリーズ発売中止に至った致命的な原因は何だったのか判りませんが意欲的なモデルが発売中止になってしまったことは残念です。DL18-50は超広角撮影可能なコンパクト機という、唯一無二のモデルであったために非常に残念でなりません。

 大型センサを搭載したNikonの高級コンパクトは事実上Coolpix A(APS-Cイメージセンサ搭載、2013/03発売*2 )で途絶えたということになってしまうのでしょうか。

 また、DLシリーズに搭載されるはずだったレンズ群が、今後どうなるのかも興味を惹かれるところです。DLシリーズの問題が画像処理ICの不具合だけであれば、今回の発売中止決定以前に光学部品などはそれなりに量産されていた可能性もあり、同じく1インチのCXフォーマットのNikon1マウントに転用されて製品化されたりもしないのでしょうかね。試作のみ或いは小ロット生産しただけだったり、競争力のある価格で商品化できる見込みがないのであれば、廃棄して損失計上してしまうという経営判断もあるのでしょうけれど、どうなることやら。
 



以上

*1:最新のNikon1 J5はSONY製という説もあるが公式情報は見当たらないためON Semionductor(Aptina)製かは不明。

*2:ほぼ同時期発売のRICOH GRとスペック・価格共に正面から競合しビジネス的に成功したかは謎。