SynclavierがiOSアプリで復活

 シンセサイザー愛好家ならSynclavier(シンクラビア)の名前を耳にしたことがある人も少なくないでしょう。
 数十年前の超高額なデジタルシンセサイザー(やサンプラーやレコーダー)ですが、数千万円~億円と高額すぎることもあって、私は存在は知っていても実機を生で見たことも触れたこともありません。
 そんなSynclavierがiOSアプリになって現代に復活しました。

 ところで、このニュースは何故か音楽機材系ではないネットメディアで取り上げられているようです。残念なことに、かつて1億円のシンセがアプリになったというキャッチーなネタとしてしか扱われていないようです。
 というわけで、この投稿ではシンセサイザーとして実際に自分で使ってみた感じを記載します。
 

開発元

 無料のSynclavier Pocket!(iPhone用)と、本投稿記載時点で3600円のSynclavier Go!(iPad用)の2種類がリリースされています。

Synclavier Pocket!

Synclavier Pocket!

  • Synclavier Digital Corporation Ltd
  • ミュージック
  • 無料
Synclavier Go!

Synclavier Go!

  • Synclavier Digital Corporation Ltd
  • ミュージック
  • ¥3,600
 いずれも、開発元はSynclavier Digital Corporation Ltdとなっています。

 オリジナルのSynclavierの開発元はNEDことNew England Digitalと記憶していますが、Synclavier Digitalという会社は何なのだろうかと調べてみました。Synclavier DigitalのWEBサイトに会社の沿革でも載っていれば良かったのですが、無かったのでWikipediaを漁ったら日本語や英語版には両社の関連が解る記述は無かったのですが、フランス語版Wikipediaに情報がありました。日本語で概要を記すと、以下の通り。

  • 1992年 NED(New England Digital)破綻
  • 1993年 The Synclavier Company, LLC設立
  • 1995年 The Synclavier Company, LLC消滅
    元従業員のBrian GeorgeのDemas, Incが在庫とハードウェア特許を取得。
    NED共同設立者のCameron W. Jonesがソフトウェア関連を取得し、Synclavier Digitalを設立

 というわけで、Synclavier Digital社はぽっと出のアプリ開発会社ではなく、NEDの流れを汲むSynclavierの正統な後継社とみてよさそうです。

Synclavier Go!とSynclavier Pocket!の違い

 表にまとめると以下のようになります(ティンバーやパーシャルについては後述)。

- Go! Pocket!
Platform iPad iPhone
# of Timbre Multi-timbre 1 timbre
# of Partial 12 4

※Pocket!のヘルプには高調波(倍音成分)の位相は変更不可(has not yet been implemented)の記載がヘルプにありますが、Go!で位相を変えられるのかは不明。
 

 以下、Synclavier Pocket!を実際に使用したうえでの記述になります。
 

Synclavierの合成方式

 アプリを縦画面*1で起動すると表示されるクイックスタートガイドや、ヘルプの説明を読むと、ざっくりと以下のようなことが書いてあります。

  • Synclavier Pocket!は1980年代のSynclavierと同様にティンバーを作成・編集可能
    • コアエンジンはオリジナルのSynclavierと同じ(identical)だが、さらに強化(added power)されている
  • 加算合成(Additive Synthesis)はオリジナルのSynclavierの合成方式として知られている
    • オリジナルのSynclavierは、パーシャル・ティンバー方式の加算合成と周波数変調方式(Frequency Modulation)を使用する、初の市販デジタルシンセサイザー
    • 登場から何年も経っているが、今日でもこの方法のサウンドデザインではSynclavierは好まれる選択肢

 SynclavierはDAWのご先祖様的な印象がありましたが、純粋にシンセサイザーとしての機能だけに着目すると、加算合成と周波数変調方式のシンセサイザーだということが判ります。加算合成方式といえば個人的にはKAWAI K5000やオルガンのドローバーをイメージします。また周波数変調方式といえばYAMAHA DX7をはじめとするDX/TXシリーズが超有名どころだと思いますが、これらの技術をSynclavierが市販デジタルシンセサイザーとして初めて搭載したそうです。
 サンプリングやレコーディング機能が不要で、純粋なシンセサイザー機能だけが欲しいけど1億円なんて払えないという大多数の人にとっては、Synclavier発売から数年後の1983年に約25万円で登場したYAMAHA DX7がバカ売れしたのも理解できます。
 

Synclavierのアルゴリズム

 SynclavierもFMシンセサイザーということは、オペレータの配置を決めたアルゴリズムを選択して、各キャリアと各モジュレータのパラメータを指定して、フィードバックで味付けするような感じなのかなと予想しました。が、これは半分正解、半分不正解といった感じです。
 SynclavierにはYAMAHAのFMシンセサイザーでいうところのアルゴリズムの選択肢はありません。フィードバックもありません。私の理解で図示すると下図のようになると思います。
Synclavier FM algorithm
 48オペレータ存在し、各24個のキャリアとモジュレータのペアが存在し、フィードバックは無い。他のアルゴリズムも無い。ということを、図示しました。なおYAMAHAのFMシンセサイザーでいうところのFrequency Ratio的なパラメータは存在せず、横並びのオペレータの周波数比は1倍,2倍,3倍…24倍で固定です。
 

Synclavierのティンバー構成

 この図もリファレンスに無いので、自分の理解で図示しています。間違ってたらごめんなさい。
Synclavier Timbre structure

 ここで言う「ティンバー(Timbre)」は演奏する際に選択する音色プログラムの意味です。機材によっては「パッチ」「パフォーマンス」「マルチプログラム」といった呼ばれ方をするものに相当しますが、SynclavierではTimbreという言葉が使われているのでそれに合わせています。

 ティンバーは最大4つの「パーシャル(Partial)」から構成されます。機材によっては「エレメント」「ボイス」「シングルプログラム」とかいった呼ばれ方をするものです。Roland DシリーズのLA音源用語の「パーシャル」に相当すると考えてもいいと思います。

 パーシャルは1つ以上のフレーム(Frame)から構成されます。複数のフレームを一定の規則でシーケンシャルに演奏することができます。KORG WAVESTATIONのWAVE SEQUENCEのような機能と考えると理解しやすいと思います。
 

 予め、ここまでの前提知識を持ったうえで各画面を見ると、何をどう操作すればいいのか解りやすいと思います。
 以下、各パラメータ設定画面のスクリーンショットを掲載しますが、赤い丸ボタンで設定したいパラメータを選択後、左の銀色のダイヤル(と上下のインクリメント/デクリメントボタン)で値を設定するUIになっています。恐らく実機に近づけているのだと思われますが、個人的にはUIとして全く使いやすくありません。初期のデジタルシンセサイザーの悪いところまで再現しなくていいのに…。
 

Partial Timbre Designパネル

Partial Timbre Design 1
↑各パーシャルごとに個別のエンベロープを設定可能

Partial Timbre Design 2
↑各パーシャルのフレームの複製・削除や、フレームの設定が可能
 

Additive Synthesisパネル

Additive Synthesis 1
↑選択中のパーシャルのフレームの1~24のキャリア・モジュレータの音量係数を設定可能(n次倍音のnが1~24)

Additive Synthesis 2
↑選択中のパーシャルのフレームのキャリア・モジュレータの波形を正弦波・三角波矩形波・ランプ・インパルスから選択可能

なお、MIDIキーボードやInter-App Audio対応のMIDIシーケンサアプリから演奏している場合、キーボードUIは消去可能で、以下のように編集中のパーシャルとフレームの切り替えが画面内で行える。
Additive Synthesis 1 w/o keyboard UI
Additive Synthesis 2 w/o keyboard UI
 

Volume, FM and Intonationパネル

Volume, FM and Intonation 1
↑上段では選択中のパーシャル、下段では全パーシャルの各パラメータの設定が可能

Volume, FM and Intonation 2
↑選択中のパーシャルのキーボードトラックとフレームループの設定が可能
フレームのループモードは[No Frame Loop],[Loop Jump Back],[Loop Back and Forth]から選択可能(フレームが0~3まで存在する場合、Loop Jump Backは01230123...、Loop Back and Forthは 0123210123...の順でノートオフまでループする)

この画面も。MIDIキーボードやInter-App Audio対応のMIDIシーケンサアプリから演奏している場合、キーボードUIは消去可能で、編集中のパーシャルの切り替えが画面内で行える。
 

Timbre Store/Recall and Syncパネル

Timbre Store/Recall and Sync 1
↑作成したティンバーを保存可能

Timbre Store/Recall and Sync 2
Ableton Linkに対応した操作が可能*2
 

Expression and Dynamic Panパネル

Expression and Dynamic Pan
↑ビブラートやトレモロ効果を設定可能
 

Timbre and Keyboard Effectsパネル

Timbre and Keyboard Effects - MIDI
MIDIメッセージ中の各コントローラを選択し、
f:id:kachine:20190207171521p:plain
↑そのモジュレーション先となるパーシャルとパラメータを指定可能

Timbre and Keyboard Effects - Mode
↑発音モードを指定可能

Timbre and Keyboard Effects - Functions
アルペジェーターとポルタメントの設定が可能

Timbre and Keyboard Effects - Envelope
エンベロープ設定が可能*3

Timbre and Keyboard Effects - Settings
↑全体的な設定が可能

Timbre and Keyboard Effects - Scale C-F
↑C~Fのチューニングが可能

Timbre and Keyboard Effects - Scale F-B
↑F#~Bのチューニングが可能
 

雑感

 以下、主観での評価になります。

  • TB-303」とか「M1ピアノ」のような、「Synclavierの音」というのが私の記憶には無く、実機の出音をどれだけ再現できているのかは不明
  • 他のFM音源搭載シンセ同様、エレピや金物系などにフィットする印象
  • 一般の6オペレータ/4オペレータのFM音源と違い、大量のオシレータの加算合成にFMが付いた構成なので、違う系統の音も出せる
    • 例えば一般のFM音源のシンセストリングスは残念感たっぷりだが、Synclavierなら意外と使えそう
  • フレームを活用すると、経時的変化に富んだ他のシンセでは得難い音が作れそうだが、UIが使いにくいため、満足できる出音を得る前に心が折れそう
    • (用途に困るものの、)でたらめに変な面白い音ならそれほど難なく作れる
  • 操作性が良くないため、とにかく使いにくい(パラメータ選択後、小さな画面上のダイヤルとボタンでデータ入力というUIが使いにくい)
    • そもそも加算合成も、FM音源も音作りが直感的ではないこともあり、減算方式のフィルターいじればいい感じになると思っている類の人にはとても勧められない
  • いわゆるマルチエフェクトの類が無いため、同種のアプリと比べて出音がショボいと誤解されるかも
    • リアルタイムにパラメータ変更して音色変化を楽しむ系のシンセでもないので、サンプリングしてDAWと併せて使うのが無難かも
  • サンプリングして使う前提なら、有料のSynclavier Go!のメリットはほぼ無い
    • DAW側で好きなだけトラック(チャネル)を立てればマルチティンバーと同じ
    • DAW側でレイヤー組めば事実上パーシャル数も無制限
    • 画面が広くて操作性が改善されることだけがメリットかも
  • というわけで、サンプリングしてFL Studioで短いループを組んでみた例は以下
    パーカッション含め全パートにSynclavier Pocket!のプリセットティンバー音だけを使用
    FL Studioのコンプレッサー及び空間系エフェクトを使用



以上。

*1:端末の設定で画面の回転をロックしていると演奏画面に遷移できません。回転ロックを解除したうえで、横画面にすると演奏画面に切り替わります。

*2:私は使ってないので詳しくは解らない。

*3:多くのシンセサイザーでは見かけないキーボードエンベロープとダイナミックエンベロープの2つがあるが、何だかよく理解していない。