1990年代中期のYAMAHAのリズムマシンにRY8*1というのがありました。当時の私はPCと音源モジュールを使っていたのでリズムマシン専用機なんて要らんよと思っていたので、存在は知っていたものの全く興味を持っていませんでした。そして年月は流れ、最近入手したので少し書き置いておきます。
RYの1桁シリーズはYAMAHA RYシリーズの廉価版と思われがちですが、単に廉価なだけではないのです。QY10と同様のフォームファクタで、小型軽量で乾電池駆動もできてスゴイ!みたいなことを言いたいわけではなく、ギターシンセ機能とそのための音色を搭載しているのです。つまり、ドラムやパーカッションを鳴らすだけではなく、音階のある楽器音を鳴らすこともできるのです。
ギターシンセ機能
正確にはRY8では「エクスターナルインモード」と呼ばれます。RY8の外部入力に繋いだギターの音程と同じ音を、RY8内蔵音源で鳴らすことができます。
ただし、Roland等のギターシンセ専用機のように各弦に対応したセンサを取り付けて信号検出するようなコストのかかる方式ではなく、ギターの出力音そのものをRY8に入力する方式です。このため、和音には対応せず、単音のみ対応しています。
単音だけの入力でありながら、1オクターブ下の音をユニゾンさせたり、RY8側で選択中のコードに合った音でハーモニーをつけたり、ギター入力の音程は無視してRY8側で選択中のコードを演奏させるなど、内蔵音源側で1音以上発生させることもできます。
なお、外部入力をトリガーとして内蔵音源を発音させるだけではなく、MIDI OUT端子からノートイベントを送出することができますので、単音ながらPitch to MIDIコンバータ的な用途にも使用可能なはずです。
内蔵音源
RY8にはドラムボイス128種類とは別に、ノーマルボイスと呼ばれる音色が50種類内蔵されています。ノーマルボイスの中から一つを選択して外部入力に接続したギターで演奏することができます。
音源システムとしてAWM音源が搭載されていますが、AWM2ではない世代なので事実上単なるPCMです(何も音色エディットできません)。AWM2ではないAWM音源はシンセサイザーを製造している部門ではなく、電子ピアノのクラビノーバとかを作ってる部門に由来していると個人的には想像しており*2、単にAWM音源と言ってもAWM2になる前にいくつかの世代を経ていると思われますが、恐らくTG100などと同じ世代(GEW8)のAWMではないかと思います*3。ただ、音源システム自体がTG100と同世代だったとしても、50音色しかないことからも明らかなように波形メモリは独自のものです。私はTG100の液晶無し版のCBX-T3を持っていたことがありますが、そのピアノ音に近いピアノ音だなと感じる一方で、記憶に無い音色もありました(記憶との比較なので正確性は担保できません)。恐らくは他機種と共用している波形と、RY8固有の波形とが混在しているのではないかと思います。
ノーマルボイスをMIDIで鳴らす
RY8にはMIDI IN/OUT端子があり、MIDIインプリメンテーションチャートを見ても1-16CHがRecognizedと載っているので、MIDIチャンネルさえ合わせれば普通に鳴るでしょ。と思ってたのですが、MIDI INからトリガーできるのはドラムボイスだけという謎制約があったのでした(RemarksとかNoteにDrumkit onlyとか書いておいて欲しかった)。
つまり、MIDI入力でノーマルボイスを鳴らすことは不可能で、外部入力端子に繋いだギターでしかノーマルボイスをトリガーすることはできないのです。私はギター弾きではないのでギターは持ってません。ただ、シンセや音源モジュールの類なら豊富にありますから、試しにAcoustic GuitarやClean Guitar系の音をRY8の外部入力に繋いでみたところ、ピッチが全く安定せず使い物になりませんでした。
…詰んだ。
音源モジュールからの出力を繋いでRY8でピッチが安定しないのは、余計な倍音成分が含まれるからでは?と考え、KORG NTS-1で作った単なる正弦波を入力してみると今度はほとんど検出してくれません。次いで、僅かに倍音を含む三角波で試してみても、同様。引き続き、矩形波*4で試してみたところ、RY8を概ね鳴らせました!挙動から考えるとRY8はある閾値以上の連続した正の振幅の時間と閾値以下の連続した負の振幅の時間を測定してその和の逆数で周波数を得ているような仕組みなのでしょうかね?*5。
なお、入力レベル(音量)にも大きく影響を受けるようで、設定次第でトリガーできたりできなかったりします。また、周波数が高くなると誤検出しやすいようで、二重にトリガーされたりします。結果、安定して検出された音域は2オクターブ弱でした。
というわけで、NTS-1を経由することでRY8のノーマルボイスをMIDIでトリガーできるようにはなったのですが、そのためにNTS-1を使うのはバカっぽいですし、安定性も十分ではないので早々にサンプリングしました。
RY8のノーマルボイス
取説より引用しつつ、RY9のノーマルボイスリストと比較して下表にまとめると、RY8にしか存在しない音色名が結構多くあることが判ります(あくまでも名前が同じがどうかの比較に過ぎず、別名で同じ音色が存在する可能性はあります。*6 )。
# | NormalVoice | Note |
---|---|---|
1 | Grand Piano | - |
2 | Bright Piano | not exist in RY9 |
3 | E.Grand | not exist in RY9 |
4 | Honky Tonk | not exist in RY9 |
5 | E.Piano 1 | not exist in RY9 |
6 | E.Piano 2 | - |
7 | E.Piano 3 | - |
8 | E.Piano 4 | not exist in RY9 |
9 | Clavi. | - |
10 | Vibes | not exist in RY9 |
11 | Marimba | not exist in RY9 |
12 | Kalimba | not exist in RY9 |
13 | Organ 1 | not exist in RY9 |
14 | Organ 2 | not exist in RY9 |
15 | Acoustic Guitar | - |
16 | Jazz Guitar | not exist in RY9 |
17 | Clean Guitar 1 | - |
18 | Clean Guitar 2 | - |
19 | Muted Guitar 1 | - |
20 | Muted Guitar 2 | - |
21 | Distortion Guitar 1 | - |
22 | Distortion Guitar 2 | not exist in RY9 |
23 | Acoustic Bass | - |
24 | Fingered Bass | not exist in RY9 |
25 | Picked Bass | not exist in RY9 |
26 | Fretless Bass | not exist in RY9 |
27 | Slap Bass | - |
28 | Synth Bass 1 | - |
29 | Synth Bass 2 | - |
30 | Strings 1 | - |
31 | Strings 2 | - |
32 | Synth Strings 1 | - |
33 | Synth Strings 2 | - |
34 | Orchestra Hit | not exist in RY9 |
35 | Brass | not exist in RY9 |
36 | Synth Brass 1 | not exist in RY9 |
37 | Synth Brass 2 | not exist in RY9 |
38 | Tenor Sax | - |
39 | Synth Lead 1 | - |
40 | Synth Lead 2 | - |
41 | Synth Lead 3 | - |
42 | Synth Lead 4 | - |
43 | Synth Pad 1 | - |
44 | Synth Pad 2 | - |
45 | Synth Pad 3 | - |
46 | Synth Pad 4 | not exist in RY9 |
47 | Synth FX 1 | - |
48 | Synth FX 2 | - |
49 | Synth FX 3 | - |
50 | Synth FX 4 | not exist in RY9 |
実際に、50音色全てを聴いてみると、ストリングス系も含めて全てアタックタイムの短い音であることが判ります。ギターシンセ用に考えられた音色群ならではの特徴と言えるでしょう。
そういった意味で、同時期のAWM音源搭載機ともキャラクターが違い、変わった音源が好きな方は好きかもしれません。あくまでも主観ですが、加工元の素材として使えそうな音がいくつかある気がします。
もちろん、現代の音源を基準に考えると(リズム音源としても)全体的にしょぼいですので、過度な期待はお勧めできませんが、捨て値で入手できるなら試してみるのも良いのではないでしょうか。
以上。
*1:恐らく音色と本体色を差し替えただけの、RY9という後継機もありました。
*3:分解していないので未確認。
*4:この用途ではXG/GS音源のSquareLdとかは使えません。単なる矩形波の波形ではありませんので。
*5:今ならA/D変換してFFTに喰わせればかなり正確に周波数分析できますが、当時ならではの安価に作れる実装がハードウェアレベルで為されているのでしょう。というか安価に量産実績のあるギターチューナーのコンポーネントを転用してるのかもしれませんね。
*6:例えば、RY8に存在するE.Piano 1というノーマルボイス名はRY9には存在しません。が、RY9にはElectric Piano 1というノーマルボイス名が存在します。