ZOOM MultiTrak R12のFMシンセサイザー

 今年(2022年)9月下旬にZOOMからMTR兼オーディオI/F兼その他もろもろ多機能なR12が発売されました。

 ZOOMのRシリーズはこれまでにもR8, R16, R24等が有り"MultiTrak Recorder"や"Recorder: Interface: Controller: Sampler"を名乗っていましたが、R12は短く"MultiTrak"と冠する名称になっています。単なるMTRに留まらず、付加機能を列挙するには長すぎるため、"MultiTrak"になったのだと思います。振り返ればZOOMのリズムマシンRTシリーズは"RhythmTrak"と称していましたので、それに倣ったネーミングなのでしょう。

 個人的に見落としていたのですが、昨年(2021年)11月にR20が発売されており、その廉価版ともいえるモデルが最新作のR12となるようです。R12(とR20)にはFMシンセが搭載されたらしいので、どんな仕上がりか調べてみました。

 

R12のFMシンセ

 公式サイトによれば、以下のように説明されています。
zoomcorp.com

シンセで彩りを追加
18種類のFMシンセ音源を内蔵。USB-C接続の外部MIDIキーボードで演奏したり、タッチスクリーンを使ってプログラミングしたり、シンセトラックを追加して楽曲に彩りを添えることができます。

 18種類とは???何を指しているのでしょうか?アルゴリズムの事か、パッチ(音色)数を指しているのか判りません。
 「タッチスクリーンを使ってプログラム」もどんなパラメータをプログラムできるのか判りません。

 「仕様と詳細」から確認できる「R12 MULTITRAKの主な特長」には以下のように記載されています。

・バッキングトラックの作成に便利な8ボイスのFMシンセ音源を搭載

 また、下の方にスクロールすると以下の記述も見つかります。

音源方式 FM
同時発音数 8
音色数 18 + PCMドラムキット

 という訳で、18種類とは音色数が18なのだそうです。YAMAHA DX7に代表される6OP FMシンセのアルゴリズムが32種類、YAMAHA TX81Zなどの4OP FMシンセのアルゴリズムが8種類というのとは、全く別の表記なのでした。
 Webサイト上の表記からはアルゴリズム数は判りませんし、プログラム可能なパラメータも判りません。
 

R12のシンセ音色一覧

 前述の通りFMシンセ18音色に加えてPCMドラムセットが存在することはWebサイト上で判りますが、その内訳はPDFマニュアルを見ると判ります。抜粋すると以下の通りです。

# ToneName
FM#01 E.Piano
FM#02 Bright E.P
FM#03 Mellow E.P
FM#04 Bell
FM#05 Organ1
FM#06 Organ2
FM#07 Pipe Organ
FM#08 Finger Bass1
FM#09 Finger Bass2
FM#10 Pick Bass
FM#11 Slap Bass
FM#12 AcousticBass
FM#13 Synth Bass1
FM#14 Synth Bass2
FM#15 Brass1
FM#16 Brass2
FM#17 Brass3
FM#18 Synth Lead
PCM Drum Kit

 このようにエレピ、ベル、オルガン、ベース、ブラスとFM音源が一般に得意とする音色がプリセットされています。というか、プリセットされているだけなのです…。PDFマニュアルには音色のプログラムやエディット可能なFM音源のパラメータについての言及は皆無です。つまり、残念なことにR12はプリセットFM音源としてしか機能しません*1
 普通に考えるとオルガンならオペレータ横並びのアルゴリズムを、その他では縦並びのアルゴリズムを特定の周波数比で設定するでしょうし、個々のオペレータに独立してEGを適用するでしょうし、ブラスならPitch EGも活用するでしょうから、内部的にはフルスペックに近い構成のFMシンセサイザーではありそうです。が、R12本体画面にせよMIDI経由にせよ個々のパラメータを操作可能なUIが残念ながら無いのです。
 というわけで、個人的にはFMシンセ目当てでこの機材を購入することは無くなりました。今後のアップデートでMIDI経由または本体画面でのFM音源のエディット機能実装されないですかね?PDFマニュアルを見る限りでは上位モデルR20もFMシンセ周りの機能は同一のようですから、期待薄でしょうか。
 

RシリーズのオーディオI/F機能比較

 FM音源としての面白みに欠けることが判ったので、オーディオI/Fとしてはどうだろうかとついでに調べました。
 本体のマルチトラックレコーダーとしての機能ではなく、USBオーディオI/Fとして使用する場合の最大サンプルレートと入出力チャネル数をまとめると以下のようになります。

Model Max Sample Rate
R8 24bit/96kHz/2in/2out
R12 24bit/44.1kHz/2in/4out
R16(生産完了) 24bit/96kHz/8in/2out
R20 24bit/44.1kHz/8in/4out)
R24 24bit/96kHz/8in/2out

 R12,R20だけサンプリング周波数が44.1kHzに留まっています。CD相当のサンプリング周波数で量子化ビット数はCDの16bitを上回る24bitですが、現代のオーディオインタフェースとして考えるとちょっと物足りない。
 私はハイレゾ信者ではありませんが、PCで加工することを考えると少なくとも48kHzまでは対応して欲しかったところです。かつてのRolandシンセサイザー*2しか録音しないというなら必要十分ですが…。
 或いはDAWは使わず単なるMTRとしてR12だけで完結する用途なら必要十分というか、軽快な動作のためのトレードオフなのかもしれませんが。
 
 R16やR24のように同時多チャンネル録音ができるわけでもないので、R12はオーディオI/Fとしての魅力も特に無さそうです。
 
 

雑感

 ZOOMという会社はシンセサイザーが本業では無いのに、かつてのRhythmTrak RT-234、RT-323にひっそりと2軸ベクターシンセを実装するいい意味で変な会社なので妙に期待してしまいましたが、私にとってはR12は中途半端な機材に思えます。どうか、アップデートで変な方向に進化させてくれませんかね?DAWとか良く判らんというユーザー層がとっつきやすいMTRのおまけ機能としててんこ盛り感があるのは理解できますが、シンセサイザー好きかつPCで作業をする私のようなユーザーにはアンマッチな機材のようです。
 (DAWを扱えるメンバーが居ない)バンドを組んだので録音してみたいけどどうすればいいかよく解らんという層に向けては、とりあえず必要な機能は最低限揃ってる感ありますけど、今のスマホタブレットに慣れた人に受け入れられるのか良く解らない感もあります。スマホアプリと多チャネルオーディオ入力が可能なオーディオI/Fの組み合わせとかの方が解りやすそうな気もします。
 というわけで、R12がどんなユーザー層に受け入れられるのか良く解らない感もありますが、Amazon.co.jpで買えない程度には売れているようです(本投稿記載日時点)。短期で手放すユーザーがどれ程現れるのか、ヤフオクやメルカリ等を観察してみるのも興味深いかもしれません。個人的にはアップデートまたは次回作でZOOM製シンセサイザーの発展を期待しています。
 

 今ならFMシンセで遊びたければ順当にKORG Volca fm2か、鍵盤も必要ならKORG OpSixになるんでしょうかね。

 ハードウェアであることに拘らなければ、6OPならDexed、4OPならExaktLiteが無償公開されているVSTiとしてかなり優秀です。
 或いは、ハードとソフトの中間とでもいうべきKORG NTS-1のカスタムオシレータとして拙作のOpTwoなんてのもあります。
github.com
 



以上。

*1:つまり「タッチスクリーンを使ってプログラミング」とWebサイトに書かれているのは、いわゆるシーケンサの話のようです。音色プログラムの話ではなく。

*2:JVシリーズやSCシリーズ辺りの世代は32kHz駆動で18bitDACを使用した構成が殆どです。