2018年12月20日に韓国海軍駆逐艦から海上自衛隊P-1哨戒機に対して火器管制レーダーが照射された件について、当時P-1哨戒機が探知した音を防衛省が公表しました。
防衛省・自衛隊:韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案について
本投稿では公開された音のメタデータおよびスペクトログラムによる分析を行ってみます。
公開された音は何を記録した音声なのか
普通に考えて、この音が先に公開された映像中で「めちゃくちゃすごい音(電波強度強い)だ。」と言われていた音なのでしょう。
それはすなわち「オグジュアリー(探知した電波などの音を聴くことができる装置)確認中」と言われていたように、オグジュアリーという装置から出てきた音声信号を記録したものだと思われます。
蛇足ながら、オグジュアリーという装置を私*1は知らないのですが、英語版ではauxiliaryと表記されており、オーディオアンプなどの補助入力端子に書いてあるAUXと同じ語です。ですので、普通の人に解りやすくするために便宜上「探知した電波などの音を聴くことができる装置」と説明しているものの、正確には「探知した電波を復調して可聴帯域の音声信号に変換する装置」が繋がっている補助入力を確認中という意味ではないかと思っています。
要するに、レーダー波そのものはギガヘルツ帯の電波ですから、そのままでは人間が知覚することはできません。そこで、レーダー波から人間に聞こえる可聴帯域の音声信号(約20~20kHz)を取り出す(復調する)装置がAUXにつながっていると解釈するのが自然ではないかと。普通のラジオがFM(周波数変調)やAM(振幅変調)された放送波を復調して音声が聞けるようにしているのと同じようなことを、レーダー波に対して行っていると理解できます。
公開された音を聴いてみる
火器管制用レーダー探知音(「※一部、保全措置を講じています。」の注記あり)と、捜索用レーダー探知音の2種類が公開されています。
これを聴いても、変なノイズというか機械的・人工的な音にしか聞こえません。レーダー波で人の声や楽器音などを送出する意味は全く無いので、復調した音声信号に含まれるのは機械が理解できる信号のため、そのように聞こえると判断できます。
火器管制用レーダー探知音はfc.wav、捜索用レーダー探知音はsearch.mp3としてダウンロード可能な状態で公開されているため、それぞれを分析してみることにします。
火器管制用レーダー探知音(fc.wav)
- 何故かステレオ(2chのオーディオ)信号で記録されている
- レーダー波をステレオで復調するとは考えにくいのだが(合理的理由が無さそう。単なる加工ミス?)…
- Adobe Premiere Pro 5.5で4回保存された形跡がある
- 加工時のタイムスタンプが同じだったり近かったりするので、Adobe Premiere Pro 5.5は1回書き出してもメタデータ上はこうなる仕様だったりするのかもしれない
- 加工元ファイルは「P-1音データ(加工済WMA.WMA」
- せっかく非圧縮WAV形式で公開しているのに、ソースがWMAのため(可逆圧縮の可能性もあるが、)非可逆圧縮が使われていればオリジナルのレーダー波から抽出した信号成分が欠落している可能性がある
- 「※一部、保全措置を講じています。」の注記があるため、編集されていたり、加工元ファイルが非可逆圧縮でロスが生じても、防衛省の想定内ではあると思われる
- Adobe Premiere Pro 5.5のプロジェクトファイルがC:\Users\JMSDF\AppData\Local\Temp\名称未設定_23.prprojにある
- すなわち編集に使用したPCにはJMSDF(海自の略称と同じ)という名称のユーザアカウントがある
- 海自は2011年リリースのAdobe Premiere Pro 5.5(対応OS: 64bit版Windows 7(来年MSのサポート終了)、64bit版Windows Vista SP1(既にMSのサポート終了))を使い続けなければいけない状況にある
- メタデータ管理も含め情報セキュリティ的観点からの改善余地がいろいろありそうですが、本投稿の趣旨から外れるので割愛
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Description :
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Alt Timecode Time Format : 29.97 fps (drop)
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Pantry History Software Agent : Adobe Premiere Pro 5.5
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Windows Atom Extension : .prproj
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Mac Atom Application Code : 1347449455
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Format : WAV
Duration : 18.58 s
捜索用レーダー探知音(search.mp3)
- FCレーダーと異なり、こちらはモノラル(たぶんそれが普通)
- FCレーダーと異なり、mp3で圧縮されている
- FCレーダーよりサンプリングレートが少し低い
- Adobe Premiere Pro 5.5(2011年リリース)及びAdobe Soundbooth CS5(2010年リリース)で加工された
- 何も明示されていないようだが、こちらは当時P-1哨戒機が収集したものではなく、火器管制レーダーとの違いを示すための単なる参考データだと思われる
MPEG Audio Version : 1
Audio Layer : 3
Audio Bitrate : 320 kbps
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Channel Mode : Single Channel
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Audio Channel Type : Mono
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Audio Sample Rate : 32000
History Action : saved, saved, saved, saved
History Instance ID : xmp.iid:F6CB7300F61CE911B71BCA86FFD6686B, xmp.iid:F8CB7300F61CE911B71BCA86FFD6686B, xmp.iid:A1583F6BF71CE911BC4B93B8D2D2AB59, xmp.iid:A2583F6BF71CE911BC4B93B8D2D2AB59
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History Software Agent : Adobe Premiere Pro 5.5, Adobe Premiere Pro 5.5, Adobe Soundbooth CS5 (XMPDocOpsTemporal:2008.08.26), Adobe Soundbooth CS5 (XMPDocOpsTemporal:2008.08.26)
History Changed : /metadata;/content, /metadata, /metadata, /
Derived From Instance ID : xmp.iid:A1583F6BF71CE911BC4B93B8D2D2AB59
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Derived From Original Document ID: xmp.did:F5CB7300F61CE911B71BCA86FFD6686B
Tracks Track Name : CuePoint Markers
Tracks Track Type : FLVCuePoint
Tracks Frame Rate : f254016000000
Duration : 21.22 s (approx)
スペクトログラム分析
※掲載したスペクトログラム(画像)はクリックで拡大します。
火器管制用レーダー探知音(fc.wav)
何も考えずにスペクトログラム(横軸:時間,縦軸:周波数,表示色:信号強度)にプロットすると以下のようになります。
何故ステレオ2chの信号なのか解せませんが、有意そうな信号は概ね12kHz以下にありそうなので、各チャンネルを分離しつつ拡大してみます。
まず、左チャネルから。
続いて、右チャネル。
全体的に小さなレンガのブロックのように見える小さなブツブツが見えます。特に850kHz前後に特徴的なパターンが目立ちます。
また、5~7kHzあたりに強烈な信号が含まれていたり、1k, 2.5k, 4kHz付近にも継続的に信号強度の高い成分が含まれているのが解ります。これが防衛省の言う「保全措置」で、この帯域の信号成分を見えなくしているのかもしれません。そうであるならば1k, 2.5k, 4k, 5~7kHz付近の信号は製品としてのSTIR-180に共通の信号で、850kHz付近の信号がSTIR-180の個体によって異なる(または個別に設定可能な)信号なのかもしれません(STIR-180を採用する他国に配慮しつつ、韓国にクァンゲト・デワンのレーダー波であることを認識させるには、このように加工するのではないかとと考えられるため)。
左右チャネルで細かな違いはありますが、傾向としては左右類似していますので以降は左チャネルだけ掲載しますが、レンガのブロックのように見える小さなブツブツの正体を調べるため、時間軸を拡大して最初の5秒をプロットしてみます。
レンガのブロックのようなと形容しましたが、実際には各ブロックの横の長さ(すなわち、各周波数の信号成分の時間軸の長さ)はまちまちで異なります。が、横軸方向はきれいに水平線を描いており、各成分の周波数変動が無いこともわかります。
復調波に各周波数成分の信号が含まれていれば1、含まれていなければ0といった具合にデジタル信号を送出しているように見えます。使用する各周波数成分の数を信号のビット数に対応させることもできるでしょう。
レーダーの基本原理は、ある方向に電波を放射して、その電波が返ってくればその方角に電波を反射させた物体があることが解ります。ですが、これだけではその物体までの距離が解りません。電波を出してから、反射波が返ってくるまでの時間差を測定して、(電波の速度を使用して)距離を逆算する必要があります。
自分も相手も現在地から動かないという条件であれば、ごく短時間だけ1回電波を出して、反射波が返ってくる時間を測定すればいいだけですが、自分も相手も移動することを念頭に考えると何度もこれを繰り返す必要があります。移動するということは一定方向に電波を出し続けても、必ずしも相手には当たらない(反射しない)こともあり得ます。すると、単純にn回目に電波を出した時刻と、n回目に反射波を観測した時刻を比較できないことが判ります。n回目に観測した反射波は実はn+m回目に出した電波の反射波である可能性があるからです。これを回避するには、電波自体に「何回目に打った電波である」とか「何時何分何秒に打った電波である」という情報を載せる必要が出てきます。ほかにも、同じ周波数帯を使う他者のレーダー波と混同しては測距できませんから、「自分が打った電波である」ことを識別するためのマーカー的な情報も載せる必要があるでしょう。もちろん、反射波を偽装した電波でレーダーシステムが誤作動しないように、データの暗号化も行われていると想像されます。
といった具合に、多様な情報がレーダー波には含まれているはずで、それが前述のようなスペクトログラムに露われていると考えられます。
捜索用レーダー探知音(search.mp3)
捜索用レーダについても、何も考えずにスペクトログラムにプロットすると以下のようになります。火器管制レーダーとは異なることが一目瞭然です。
このスペクトログラムからは約2秒間隔で約15kHzまでの全周波数成分を含む信号(ほぼホワイトノイズ+約1kHz間隔の強めの信号)と、約6.5秒間隔で44.1kHzのMP3で表現可能な全周波数成分を含む信号(一定周波数間隔の強めの信号を含む)の2系統の電波照射を受けていることが判ります。
なお、約2秒間隔と、約6.5秒間隔では非整数倍のため、単一のレーダーから発せられた信号ではなく、異なる回転周期の2つのレーダーから発せられたものだということも推察できます。
防衛省の補足資料との整合性
これまで、火器管制レーダー、捜索用レーダーのスペクトログラムを掲載しましたが、これは防衛省が公開している以下のレーダーの種類と特徴とも一致する内容です。
出典:防衛省ホームページの補足説明資料http://www.mod.go.jp/j/press/news/2019/01/21x_3.pdf
防衛省の資料中のグラフでは横軸が時間、縦軸が強度で表現されていますが、本投稿に掲載したスペクトログラムでは横軸は同じく時間ですが、強度は色で表されます。
火器管制レーダーのスペクトログラムでは、全域にわたって強い信号がプロットされていますし、捜索用レーダでは(前述のように2系統の信号が含まれているようで判りにくいですが)周期的に信号がプロットされています。
以上。