韓国軍が火器管制レーダーを自衛隊哨戒機に照射
海上自衛隊の哨戒機P-1が韓国海軍クァンゲト・デワン級駆逐艦より火器管制レーダーの照射を受けたことが各社より報じられています。
防衛相「攻撃直前の行為」 韓国駆逐艦が海自哨戒機に火器レーダー照射 - 毎日新聞
防衛省・自衛隊:韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案について
それに対して韓国側は「北朝鮮船舶を捜索中、気象条件が悪かったために駆逐艦の搭載レーダーを総動員した」と説明しているようです。
「哨戒機追跡目的ではない」韓国国防省が説明 :日本経済新聞
位置不明の海上の船舶を捜索するために、レーダーを使用することは理にかなっています。ですが、火器管制レーダーを使用する必要はあるのでしょうか?或いは、火器管制レーダーではないレーダー波を自衛隊が誤認したのでしょうか?
公開情報を元に調べてみました。
クァンゲト・デワン級駆逐艦の搭載レーダー
日本語版Wikipediaによれば、以下の4種類のレーダーを搭載しているとされています(本投稿記載時点)。
- AN/SPS-49(v)5 早期警戒用
- MW-08 目標捕捉用
- AN/SPS-55M 対水上捜索用
- STIR-180 射撃指揮用
「対水上捜索用」とWikipedia上に記載されたレーダーが装備されているなら、船舶捜索に火器管制用(Wikipediaの表現では射撃指揮用)レーダーを使用する合理的理由は無いように思えます。
ですが、日本語版以外の各国のWikipediaを確認してみると、対水上捜索用レーダーとされるAN/SPS-55Mの記述はありません。
- 韓国語版
광개토대왕급 구축함 - 위키백과, 우리 모두의 백과사전- 대공 레이더 - 레이시온 AN/SPS-49(V) 2D 레이더
- 수상/대공 레이더 - 시그널 MW-08 3차원 대공감시 레이더
- 항법 레이더 - 대우 SPS-95k 레이더
- 사격통제레이더 - 시그널 STIR 180 사격통제레이더
- 英語版
Gwanggaeto the Great-class destroyer - Wikipedia - 中国語版
广开土大王级驱逐舰 - 维基百科,自由的百科全书- SPS-49(V)5平面對空搜索雷達*2
- Signaal MW-08立體對空搜索雷達
- SPS-95K對海搜索雷達
- STIR-180照明雷達
AN/SPS-55Mの記述がない代わりに、いずれも航法レーダーとしてSPS-95kが記載されています。
日本語版Wikipediaのみ異なる情報が記載されていることから、恐らくAN/SPS-55Mは誤記で搭載されておらず、正しくはSPS-95kが搭載されているのではないかと推測されます。この前提で、以下に各レーダーの特性についてごく簡単に記載します。
AN/SPS-49(V)5
このレーダーは米国レイセオンの対空捜索用レーダで、使用する周波数帯はLバンドとされています(ソースは複数言語のWikipedia)。
対空用途ですので船舶の捜索には使用しないでしょう。
MW-08
このレーダーはオランダSignaal(現在はフランスのタレス傘下のThales Nederland)の全天候型3D中距離監視及び目標補足レーダーで、使用する周波数帯はGバンド(Cバンド)とされています(ソースはタレス公式)。
The MW08 is an all-weather G-band (C-band) 3-D medium-range surveillance and target acquisition radar based on the same techniques as SMART-S.
Thales Sails the Seven Seas
英語版Wikipediaにはざっくりと"surface search radar"と書かれていたりするので、水上捜索すなわち船舶の捜索にも利用されると考えられます。
SPS-95k
このレーダーは韓国大宇製の航法レーダーで、使用する周波数帯はGバンドとされています。
マイナーなレーダーで、どこの国のWikipediaにも情報はありませんし、Daewoo公式にも情報は見つかりませんでしたので、以下のサイトの記述よりGバンドと判断しています。
Radar Basics - SPS-95K
情報が無さ過ぎて詳細不明ですが、航法レーダーですから他船や岩礁などとの衝突回避(警告)のための障害物位置表示機能なども当然搭載されているのではないでしょうか。そう考えると、(比較的短時間で衝突の危険があるかもしれない程度に近距離の)船舶捜索には利用できると考えられます。
STIR 180
このレーダーはオランダSignaal(現在はフランスのタレス傘下のThales Nederland)の火器管制レーダーで、使用する周波数帯はIバンド及びKバンドとされています(ソースはタレス公式)。
WEAPON CONTROL SYSTEMS
STIR
The STIR is a medium-to-long range tracking and illumination radar. The system has been designed primarily to control point and area defence missile systems such as NATO SeaSparrow, ESSM and Standard Missiles (SM-1 and SM-2). A second application is the direct control of guns of various calibres. The STIR 180 with both I- and K-band facilities provides excellent low-level target tracking for missile and gun control. All STIR configurations have optional TV/IR tracking capabilities.
STIR technology stands for high accuracy, excellent performance and extensive ECCM capabilities. STIR is a well-proven system. More than 150 STIRs are operational with eleven navies, including six NATO navies.
http://www.thales7seas.com/html5/products/462/01_LSI_Overview_HR.pdf
この説明によれば、SeaSparrow(艦対空ミサイル)、ESSM(SeaSparrow後継の艦対空ミサイル)、SM-1/SM-2(艦対空ミサイル)といった、領域防衛のための対空ミサイルを制御するのが主眼に設計されている一方で、様々な口径の砲を直接制御する用途でも使用できるようです。実際、ジェーン海軍年鑑によればクァンゲト・デワン級駆逐艦はSEA SPARROW Mk48 VLSを16機搭載しているとされていますので、海自のP-1哨戒機を撃墜する能力は十分にあるでしょう。
このレーダーが船舶捜索に適しているといった事は全く書いてません。主目的が対空ミサイルの制御ですから、海面ではなく上空をスキャンするのに最適化されているレーダーであると考えるのが自然ではないでしょうか。一方で、砲の制御もできると書いてますので、レーダー照射角を俯角方向に抑えれば海面もスキャンできるというレーダーなのだと考えられます。
強いて言うなら"medium-to-long range tracking and illumination radar"、すなわち中~長距離のレーダー照射と追跡が可能という特性を生かして、どこにいるかわからない船舶の捜索に使ったのだと…苦しい言い訳をすることができるのかもしれません。
火器管制レーダー以外のレーダー波を火器管制レーダーと誤認した可能性?
これまでに韓国海軍クァンゲト・デワン級駆逐艦の搭載レーダーについて記述しましたが、ざっくりとまとめると下表のようになります。
用途 | レーダー | 使用帯域 |
---|---|---|
対空捜索レーダー | AN/SPS-49(V)5 | L band |
目標補足/監視レーダー | MW-08 | G band(C band) |
航法レーダー | SPS-95k | G band |
火器管制レーダー | STIR 180 | I band, K band |
すなわち、火器管制レーダーSTIR 180は他のレーダーと使用する周波数帯が明確に異なりますので、自衛隊側が他のレーダー波と誤認することはあり得ないでしょう。
雑感
船舶捜索のために「駆逐艦の搭載レーダーを総動員」して火器管制レーダーSTIR 180も使ったという説明はちょっと苦しいのではないでしょうか。その用途であればMW-08の方が適しているようにしか思えません。
いや、MW-08が中距離に対して、STIR 180は中~長距離だから使ったのだという言い逃れも苦しいでしょう。そうだとしても、レーダー波は直進しますから船舶を探すなら海面方向すなわち水平より下に俯角を取ってレーダー波を照射することになりますから、仰角を取って上空にレーダー波を照射する必然性は皆無です。
STIR 180の詳細仕様は判りませんが、もしレーダー照射の仰角/俯角を制御(任意に指定)できないのであれば、水上艦を捜索しているのに上空にもレーダー波を送出することはあるかもしれません。ですが、それは軍隊の装備としては致命的でしょう。有事の際に敵艦を捜索しているつもりが、敵航空機に自艦の位置を教えている=沈めてくれと言っているのと同じ事になるわけですから。
以上。
(2018/12/23以下追記)
wave.hatenablog.com