米駆逐艦とコンテナ船の事故調査報告書が公表された

 2017年06月17日に発生した、日本郵船グループのNYK CONTAINER LINEが運航するコンテナ船ACX CRYSTALと、米海軍のミサイル駆逐艦USS FITZGERALDによる衝突事故の船舶事故調査報告書が運輸安全委員会のWebサイトで公表されました。
概要 | 船舶 | 運輸安全委員会

 この事故では米海軍のミサイル駆逐艦(イージス艦)が大きく損傷し7名もの乗員が犠牲となっています。また、立て続けに米海軍のミサイル駆逐艦USS John S. McCainもシンガポール近海でタンカーと衝突し、米海軍の全艦隊運用停止を余儀なくされるなど、当時大きな話題となっていたと記憶しています。
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 公開された事故調査報告書を読むと、ACX CRYSTALとUSS FITZGERALDの事故がどのように発生したのか見えてきます。興味のある方は、事故調査報告書と併せて本投稿をご覧になると理解しやすいかも知れません*1
 

基本情報

発生日時
2017(平成29)年6月17日01時30分34秒ごろ
発生場所
静岡県南伊豆町石廊埼南東方沖
石廊埼灯台から真方位113°12.3海里付近
(概位 北緯34°31.3′ 東経139°04.3′)

 

報告書に登場する船舶の整理

 報告書では船A~船Eの6隻の船が登場します。事故の当事者である船A及び船B以外の船舶の固有名詞は伏せられていますが、まとめると下表のとおりです。

船名 総トン数
A ACX CRYSTAL 29,060トン
B USS FITZGERALD 8,261トン
C 内航セメントタンカー 3,914トン
D 外航コンテナ船 18,872トン
E 外航コンテナ船 141,716トン

 中でも船A, B, Dの3隻が主要な登場人物(というか登場船舶)となっています。
 

D船のレーダー映像

 事故調査報告書の末尾に付図5としてD船のレーダー映像が時系列に6枚掲載されています。これをGIFアニメに加工すると以下のようになります。
D船のレーダー映像
 USS FITZGERALDがD船をやり過ごした後、ACX CRYSTALに突っ込んだ様子が良く判ります。
 事故調査報告書を読むと、FITZGERALDはレーダーの調整が不十分であったために、周囲2~3カイリの範囲のレーダー画面が乱れ、当該範囲内の船舶などの確認が困難であったと記されています。D船とほぼ並走していたACX CRYSTALの位置を正確に把握できていなかったことが事故原因の一つに挙げられています。
 ところで事故当初、日本の運輸安全委員会が米海軍を調査できるのか疑問が提示されていたように思います。事故調査報告書に記されたFITZGERALDの状況は、アメリカ合衆国海軍の報告書、アメリカ合衆国沿岸警備隊の事実報告書、アメリカ合衆国沿岸警備隊作成のB船の艦長及び艦橋当直士官3人の口述書をソースとしている旨が記されています。察するに、アメリカ側からは文書提供の協力は得られたものの、乗員から直接の事情聴取は行えていないのでしょう。
 

船舶の位置関係

 事故調査報告書に示された、A船及びD船のAIS*2記録とD船の航海情報記録装置のレーダー記録による自動衝突予防援助装置の情報記録から抽出したB船の位置情報*3を基に、事故発生約15分前から事故発生まで(1:15~1:30頃)の位置情報を地図上にプロットしてみると以下のようになります*4。石廊埼南東方沖が事故現場として表記されますが、こうして見ると伊豆半島と新島の中間に近い沖合で発生したことが解ります。
事故発生直前約15分間の船舶の位置関係
 右方向に延びる青の航跡がA船(ACX CRYSTAL)、下方向に延びる赤の航跡がB船(USS FITZGERALD)、右方向に延びる白の航跡がD船を表しています。
 D船のレーダー映像と同様ですが、FITZGERALDはD船をやり過ごしたものの、背後のACX CRYSTALに突っ込んだのが見て取れます。
 

船舶の速力・針路

 相手船舶に気づいて加減速や操舵など衝突回避のための操船を行っていれば、それがデータとして確認できるはずです*5
 以下の2枚のグラフを見ながら、事故調査報告書「2.1.3 乗組員の口述等による運航の経過」の時刻を突き合わせながら読むと理解が深まると思います。

速力

 位置関係同様に事故調査報告書に示されたA船及びD船のAIS情報とD船のレーダー記録から、事故発生約15分前から事故発生まで(1:15~1:30頃)の速力をプロットしてみると以下のようになります。
事故発生直前約15分間の速力
 (海流の影響を無視すると、)ACX CRYSTALは1:17~1:25頃にかけて減速・加速を行ったように見えますし、USS FITZGERALDは1:17~1:28頃にかけて減速・加速を複数回行ったように見えます。

対地針路

 同様に対地針路をプロットすると以下のようになります。
事故発生直前約15分間の対地針路
 (海流の影響を無視すると、)ACX CRYSTALは1:18~1:20にかけて進行方向左側(取り舵)に舵を切っていたように見えますし、USS FITZGERALDは1:17頃に微妙に操舵した(?)後、1:23と1:25の2度に渡って進行方向右側(面舵)に舵を切っていたように見えます。

 これらのグラフを見ると、レーダーに問題があったとされるUSS FITZGERALDだけではなく、ACX CRYSTALも衝突回避操作を行っていないように見えます。が、ACX CRYSTALは海上衝突予防法の「保持船」にあたり、USS FITZGERALDが「避航船」であるため、回避操作をせずとも問題ないと認識していたようです。
 私は船舶関係者ではないため、保持船や避航船といった用語は初見なのですが、海上衝突予防法によれば以下の定義となっています。

保持船
針路及び速力を保たなければならない船舶
避航船
他の船舶の進路を避けなければならない船舶

第十五条
二隻の動力船が互いに進路を横切る場合において衝突するおそれがあるときは、他の動力船を右げん側に見る動力船は、当該他の動力船の進路を避けなければならない。

e-Gov法令検索

 話が逸れますが、船舶と比較して多くの人が所持しているであろう自動車の運転免許を取得している方は、「あれ?」っと思ったかもしれません。どちらも優先道路ではない信号のない交差点では、道路交通法36条で「左方優先」と規定されています。船舶の場合はこれと逆で、いわば「右方優先」なのです。
e-Gov法令検索
 何故、自動車と船舶では真逆なのか。海難審判所HPに解りやすい説明がありました。「海の上では、右側通行」だからだそうです。
行会い船の航法・横切り船の航法_海難審判所ホームページ
 閑話休題

 ACX CRYSTALから見てUSS FITZGERALDは左舷側に見えますし、逆にUSS FITZGERALDから見てACX CRYSTALは右舷側に見えます。すなわちUSS FITZGERALDが「避航船」であるため、回避するであろうとACX CRYSTAL側は認識していたようです。ただし、同法17条には以下の規定があり、「衝突を避けるための最善の協力動作」が欠けていたと指摘することは可能で、事故調査報告書の再発防止策の一つにも「衝突を避けるための協力動作をとること」が挙げられています。

第十七条
この法律の規定により二隻の船舶のうち一隻の船舶が他の船舶の進路を避けなければならない場合は、当該他の船舶は、その針路及び速力を保たなければならない。
2 前項の規定により針路及び速力を保たなければならない船舶(以下この条において「保持船」という。)は、避航船がこの法律の規定に基づく適切な動作をとつていないことが明らかになつた場合は、同項の規定にかかわらず、直ちに避航船との衝突を避けるための動作をとることができる。この場合において、これらの船舶について第十五条第一項の規定の適用があるときは、保持船は、やむを得ない場合を除き、針路を左に転じてはならない。
3 保持船は、避航船と間近に接近したため、当該避航船の動作のみでは避航船との衝突を避けることができないと認める場合は、第一項の規定にかかわらず、衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならない。

 

採られた事故等防止策

 全貌は事故調査報告書をご覧いただくとして、私が注目したのは米海軍が講じた策に以下が記されている事でした。

脅威警戒態勢での運航を除き、米海軍艦船に対し、輻輳海域におけるAIS情報の発信指示

 すなわち、平時なら混雑した海域で米軍艦艇もAIS情報を発するようになったようです。恐らくは最近の海上自衛隊と同じようなAISの運用になるのではないでしょうか。
 例えば、普段の訓練時はAIS情報を眺めても自衛艦はほとんど見つかりませんが、一般公開などで横須賀基地から晴海ふ頭にやってくるときなどは、AISで東京湾付近を航行している護衛艦の位置情報が確認できます。また、他国艦艇が親善目的で来日した際の入出港時にホストシップを務める護衛艦も、晴海ふ頭から浦賀水道を経由して外洋付近までAIS情報を発信しているのを見たことがあります。これらは知られて困る情報ではないですし、事故を起こさないために合理的な運用と言えると思います。
 一方で、瀬取り監視のような任務であったり、艦の速力や艦隊運動など他国に知られたくない情報が判ってしまうような訓練中は当然AIS情報は発しないのでしょうね。
 



以上。
※本ページに掲載している図表は「船舶事故調査報告書 報告書番号:MA2019-8」(運輸安全委員会)(https://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/ship/detail.php?id=9658)を加工またはデータソースとしてプロットして作成しています。

*1:本投稿は事故調査報告書の一部情報の表現方法を私が解りやすいと思った形式に変えているだけなので、本投稿だけ見ても全貌は掴めません。

*2:航空機のADS-Bの船舶版みたいなもので、船舶の現在位置や進路情報などを自動で無線送信します。

*3:一般に、任務中の自衛艦を含め軍艦や取締り中の海保の船舶はAIS情報を送出しません。自衛艦についてはあたごと漁船の衝突事故を機にAISを使用することがあるようです。防衛省・自衛隊:護衛艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故に関する再発防止策の追加及び懲戒処分等の見直しについて

*4:地図出典: 「地理院タイル」

*5:海流の速度や向きが変化すれば、何も操船しなくても速力や進路も変化しますが。