Roland GR-1のPatch構成とか

 1992年に発売されたギターシンセサイザーRoland GR-1について。
 私はギター弾きではないので、普通のシンセサイザー/音源モジュールとしての扱いについて記載します。

Play a guitar synthesizer / Bing Image Creatorで作成
Play a guitar synthesizer / Bing Image Creatorで作成

 

音源システム

 Roland GRシリーズの最初期の音源はアナログシンセそのものでしたが、GR-50以降デジタル化しました。デジタル化した初号機のGR-50はD-10相当のLinear Arithmetic Synthesizer(LA音源)でしたが、GR-1はその次に発売されたモデルにあたります。そして、GR-1は同時代のSC/JVシリーズ等と同様にPCMです。しかしながら、前世代のU-110/U-220相当のPCMではなく、デジタルフィルタ(LPF)を備えた世代のものですので、シンセサイザー好きなら興味が湧く機材でしょう。

 音源チップにはSC-55mkIIと同じ(波形ROMや制御ソフトは各機種で異なります)TC6116AFが使用されており、GRシリーズではGR-1以降GR-09、GR-30まで同じチップを積んでいます。後のGroovebox MC-303も同じです。そして、全くジャンルの違う機材ながらもMC-303と同様にGR-01にもCutoffやResonanceツマミ等があるのです。

 標準状態で64Patch/200Toneが利用可能で、オプションのExpansion Board SR-GR1-01を増設すると200Toneを収めた6MBの波形ROMが追加され合計400Toneが利用可能になります。SR-GR1-01にはROMカードPN‑GR1‑01が付属し、カードスロットに差し込むことで追加Toneを使用した64Patchが追加で利用可能になります。また、標準状態ではドラムセットにアサインされたパーカッションは18種類だけですが、SR-GR1-01増設後は18種類が追加され合計36種類のパーカッション音が利用可能となります(増設に関わらずドラムセットは1種類のみで、増設後はパーカッションがマップされたNote numberが増える)。
 

音源構成

 大前提として、GR-1にはギターに取り付ける専用ピックアップ(GK-2)からの信号を基に発音させる想定のGuitar Partと、シーケンサから鳴らすMulti Timbre Partとがあります。

  • Guitar Partは6弦毎に独立しており、デフォルトではMIDI CH#11~16に割り当てられ、いずれもモノフォニックで発音
  • Multi Timbre Partは4パート存在し、デフォルトではMIDI CH#2~4(Chromatic Instrument)とMIDI CH#10(Drumset)に割り当てられ、ポリフォニックで発音可能

 つまりMulti Timbre Partは普通の音源モジュールに近い感覚で使用できますが、Guitar Partは独特です。モノフォニックなので各パート1音しか鳴りませんし、多くのPatchではHoldが有効になっており、MIDI接続した鍵盤を離しても(MIDI Note Offメッセージを送っても)音が鳴りっぱなしになります。前提知識が無くこの状態に出くわすと壊れているのかと思うかもしれませんが、正常な挙動です。
 

Guitar Part vs Multi Timbre Part

 ではMulti Timbre Partだけを使えばいいかというとそうでもありません。Multi Timbre Partで演奏できるのは内蔵200Toneそのまま(エディット不可)の音色に限定されてしまうためです。それに対してGuitar Partでは事前にプログラムしたPatch(最大2Toneを併用してフィルタやEG等をエディット可能)の音色が演奏できるためです。GR-1本体の上部にはCutoffやResonanceに加えEGなどシンセサイザーとしての各種パラメータをエディットするためのツマミが並んでいますが、これはGuitar PartのPatchのためのものでMulti Timbre Partには作用しません。
 取説にはGuitar PartはGuitar Partから録音したMIDIデータの再生用に使うべし的なニュアンスの記述がありますが、せっかくのシンセサイザーを単なるROMplerにしてしまうのはもったいないので積極的に活用したいところです。
 Guitar Partの音が鳴りっぱなしになる対策はProgram Change後にControl Change#64でHold Offを送信すればよいです。が、モノフォニックでしか発音できない(モード4: omni off/mono)のは仕様のため変更できません。どうしてもリアルタイムに和音が弾きたければArduino等でキーアサイナを作ってMIDIキーボードとGR-1の間に入れるなどする必要があります。シーケンサから和音を鳴らすのであれば、各MIDI CH毎に1音ずつ配置するように工夫してデータを作ればよいです。面倒ならサンプリングしてしまうのが手っ取り早いです。
 なお、GR-1本体上部のツマミ群は操作してもControl ChangeやSystem Exclusive Messageは一切送信しませんし、逆にMIDIからリアルタイムで操作することもできません。つまり、曲中で動的にパラメータをオートメーションで動かすことはできません。ですが、Multi Timbre PartではChannel After TouchでCutoffを動かすことができます。
 というわけで、Guitar PartとMulti Timbre Part双方に一長一短がある感じで、音源モジュールとしては相当クセのある機材です。
 

Patch構成

 近い時代のRolandシンセサイザーはJVシリーズで、そのPatchは最大4つのToneから構成されますが、GR-1のPatchは最大2つのToneで構成されます。
 いわゆるPatch Common的なパラメータには音量、リバーブ、コーラス等の設定が存在しますが、GR-1ではギターシンセならではの各弦に対応したパート毎にTone1/2の発音モード(両方鳴らす、1だけ鳴らす、2だけ鳴らす、両方mute)、両方鳴らす場合はレイヤーかベロシティスイッチかといった設定が可能です。他にも前述の通りFilterやEGなど一般的なシンセサイザー相当のパラメータがTone毎に存在しますが、ギターシンセ固有のパラメータを除くとJVよりはパラメータ数は少ないです。主観的には音造りの自由度はJV>GR≧SCみたいなイメージになるでしょうか。
 

PatchとTone

 各PatchがどのToneを使用しているのか取説に記載がないので自分で調べました*1
 主観ではJupiterやD-50等が元ネタと思われるToneが多く含まれています。ピアノ系Toneも同時代のSCシリーズに劣らずバリエーション豊富に含まれています。ギターシンセとは言え、当時の90年代初頭のシンセらしい音が多い印象です*2。ちなみに最初のPatch名はRHODESですが、ローズというより普通のFM音源のエレピの音に聴こえます。Rhodesブランドのエレピを製造していた時代もあるRolandならではのネーミングかもしれません。

No. Name 1st tone 2nd tone
#000(11-1) RHODES #006 POP EPNO #067 JP PAD
#001(11-2) FLUGEL #115 DTUN HRN #105 TRUMPET1
#002(11-3) HUGE JP8 #067 JP PAD #069 JP STR 2
#003(11-4) SCATIN #091 SCAT VOX #125 SOP SAX
#004(12-1) FEEDBKER #033 FEEDBCK2 #148 SQRLEAD1
#005(12-2) PDLSTEEL #035 PDLSTEEL #152 SYNLEAD4
#006(12-3) FANTAPAD #181 FANTAPAD #084 HAUNTVOX
#007(12-4) GIT+STGS #024 NYLN GTR #060 SLW STRG
#008(13-1) GRAND #000 A PIANO1 #060 SLW STRG
#009(13-2) VIBES #014 VIBES 2 #000 A PIANO1
#010(13-3) BIG BEE #017 ORGAN 2 #019 JAZZORG1
#011(13-4) ROCK BEE #018 ROCK ORG #028 DISTGTR1
#012(14-1) V-SWSTGS #060 SLW STRG #060 SLW STRG
#013(14-2) BIG STGS #060 SLW STRG #065 DRK STRG
#014(14-3) HISYNSTG #069 JP STR 2 #069 JP STR 2
#015(14-4) SOLO VLN #073 VIOLIN #076 FIDDLE
#016(15-1) FANTASIA #180 FANTASIA #067 JP PAD
#017(15-2) ATMSPHRE #162 ATMSPHRE #000 A PIANO1
#018(15-3) PLUKGLAS #173 BOWEDGLS #079 SYN HARP
#019(15-4) DIGIPLUK #163 DIGIPLUK #000 A PIANO1
#020(16-1) SYNC * #153 SYNLEAD5 #150 SYNLEAD2
#021(16-2) GR300 LD #142 GR300 1 #000 A PIANO1
#022(16-3) SQR LEAD #148 SQRLEAD1 #000 A PIANO1
#023(16-4) GRUNG #032 FEEDBCK1 #153 SYNLEAD5
#024(17-1) FLUTE #133 CHIF FLT #109 MUTE TP1
#025(17-2) MUTE TPT #109 MUTE TP1 #125 SOP SAX
#026(17-3) SOP!SAX #125 SOP SAX #114 FLUGEL
#027(17-4) TENORSAX #124 TENORSAX #123 ALTOSAX1
#028(18-1) RIPBRASS #103 BRS BLST #156 SAW PAD
#029(18-2) POLY SYN #144 POLY SYN #165 PLUKSWP2
#030(18-3) HORNSECT #096 BRS SEC2 #123 ALTOSAX1
#031(18-4) SYN HORN #120 BRTH HRN #119 SYN HRN1
#032(21-1) OOOHS #081 SYN VOX2 #168 HLLW PAD
#033(21-2) BREATH #080 SYN VOX1 #086 BREATH
#034(21-3) HEAVEN #174 HEAVEN #087 WIND VOX
#035(21-4) THE DEEP #159 OMINOUS #088 INVRSION
#036(22-1) NYLON GT #024 NYLN GTR #000 A PIANO1
#037(22-2) HARM GTR #023 STEELGT1 #026 GTRHARM1
#038(22-3) E-SITAR #038 E SITAR2 #000 A PIANO1
#039(22-4) JAHMAYKA #182 STEELDRM #000 A PIANO1
#040(23-1) BLOWPIPE #139 BLOWPIPE #141 WHISTLE
#041(23-2) CLARINET #132 CLARINET #000 A PIANO1
#042(23-3) HRMONICA #140 HRMONICA #140 HRMONICA
#043(23-4) DIGILEAD #089 SYN HARM #152 SYNLEAD4
#044(24-1) FRETLESS #050 FRTLESS2 #039 ACOU BS1
#045(24-2) SLAPIN #047 SLAP BS2 #046 SLAP BS1
#046(24-3) DINOSAUR #053 OCT BS1 #042 PICK BS1
#047(24-4) ROK BASS #044 PICK BS3 #041 E BASS1
#048(25-1) TRUMPET #105 TRUMPET1 #108 BRITE TP
#049(25-2) ORKESTRA #071 HYBDSTR2 #111 TP+TRBN
#050(25-3) RICH BRS #104 RICH BRS #101 SYN BRS2
#051(25-4) PLKSWEEP #166 SWEEPPAD #165 PLUKSWP2
#052(26-1) BEAT KIT #194 KIK+SNAR #187 CLOSEHAT
#053(26-2) INVISIBL #161 INVISIBL #000 A PIANO1
#054(26-3) SOFT PAD #146 SOFT PAD #113 FRNCH HN
#055(26-4) VMIXLEAD #143 PLN LEAD #152 SYNLEAD4
#056(27-1) BELLS + #178 SYN BELL #177 TINKBELL
#057(27-2) BANDSECT #110 ALTO+TP #111 TP+TRBN
#058(27-3) BAS5>PNO #010 AC P+VOX #039 ACOU BS1
#059(27-4) JAZZSPLT #019 JAZZORG1 #039 ACOU BS1
#060(28-1) BOMBER #199 DROPBOMB #199 DROPBOMB
#061(28-2) PLANET10 #198 SPACEVOX #086 BREATH
#062(28-3) MAYHEM #196 TALKING #196 TALKING
#063(28-4) BLANK #000 A PIANO1 #000 A PIANO1

※Patch名に"STG"という見慣れない略称が使われていますが、いわゆる"STR"でストリングスです。ネーミングもちょっと独特な感じがあります。
 JVのWaveformやSCのプリセット音色では見たことがないような名称のToneもちらほらとあり、GR-1固有波形(というかTone)もありそうです。一方で、S-50のサンプルライブラリーから移植してそうなToneもあるような*3
 

その他

System Exclusive Message

 取説にDT1とRQ1についての説明がありますが、GR-1はRQ1には非対応です。なお、DT1もダンプ受信モードでしか反応しないため、曲中や曲の頭でパラメータを弄ることはできませんので、純粋に外部機器に設定値を保存するためのdump機能のためにしか使用できません。
 また、先頭アドレス以外のデータフォーマットが公開されていないため各byte列が何を意味しているのかも判りません(nibbleに分割していることだけは明記されています)。
 興味本位でPatch dumpをパースするツールを書き始めてみましたが、nibbleを元のbyteに戻してもパッチ名らしきASCIIコードは出現しませんでした。MSB firstかLSB firstかも明示されていないので逆にしてみても同様で、ナニコレ?
 しばらく苦戦しましたがMSB firstで戻したbyte列にPatch名を逆順にしてASCIIコードから0x20を減じた値がbyte列に含まれていることに気付きました。こんな謎なSystem Exclusive Message FormatしてるRoland機は初めて遭遇しましたが、他にもあるんでしょうかね?
 各Patchは2つのSystem Exclusive Messageに分割されますが、1つ目の(nibbleからbyteに戻した後の)先頭8バイトがPatch名を逆順にしてASCIIコードから0x20を減じた値、2つ目の(nibbleからbyteに戻した後の)先頭バイトが1st tone#, 3バイト目が2nd tone#となっているようです*4
 

ドラムセット

 主観では特に面白い音は含まれていません。
 

サンプリング周波数

 スペクトログラムから視認できるエイリアスノイズの出方から再生サンプリング周波数は32kHzと判断できます。ナイキスト周波数の16kHzの整数倍の周波数を境に折り返しノイズが視認できます。(44.1kHzのJDを除く)同時代のRoland機と同様です。

Spectrogram of Roland GR-1 while playing demo song, sampled in 96kHz

 なお、DACにはNEC(現Renesas)のuPD6376GSが採用されています。
 

LPF

 取説に以下の記述があります。

音色によっては、フィルターのカットオフを高めに設定すると、音が歪むことがあります。これは「デジタル・フィルターの演算オーバーフロー」という現象によるものです。
GR-1では各音色の波形の個性を限界まで引出すために、フィルターの動作範囲をかなり広くとっているため、このような現象が起こります。
万一、演奏中に気になる場合、パッチ・レベルやフィルターのカットオフを調整して歪まないようにしてお使いください。

GR-1取扱説明書 3-3より引用
 他のTC6116AF採用機ではこのような注意書きは見た記憶がありません。同じ音源チップでも制御ソフトの違いによりGR-1では他機種よりエグいフィルタ効果が期待出ると解釈しても良いのかもしれません。個人的にはアナログシンセの自己発振ようにレゾナンスの設定値を大きくした場合や、フィルタを絞った時では無く開いた場合というのが謎なのですが、デジタルフィルタのアルゴリズム次第ではオーバーフローするようです。
 基本的にはサンプリングして使うつもりでGR-1を入手したのですが、この記述を見つけて以降、実機でフィルタを積極的に弄ってみるべきかもと考え中です。
 



以上。

*1:誤りを含む可能性があります。

*2:Groovebox発売前ですしTB-303系のToneはありません。

*3:本投稿にはGR-1の全Toneリストは載せていませんが、取説に載ってますので興味のある方はご確認ください。

*4:このようにして生成したのが上表です。