20世紀のKORGのFMシンセサイザー

 FM音源YAMAHAが製品化したことは有名ですが、21世紀に入ってからKORGもFMシンセサイザーを発売しています。2016年のvolca fmや2020年のopsixがそれです。
 実は20世紀にもKORGからFM音源を搭載したシンセサイザーが発売されていました。1986年のDS-8と1987年の707がそれです。DS-8も707もKORG公式には単に「デジタル音源」と称していますが実体はFM音源で、YAMAHA YM2164(OPP)が搭載されていることが明らかになっています。
 と、ここまでは愛好家には有名な話ですが、実はもう1機種あったのをご存じでしょうか?私は知りませんでしたが、1989年のZ3というシンセサイザーが存在したのです。
 

What is Z3

 検索しても、日本語ではZ3の情報が全く見つかりません。KORGのWebサイトに旧機種の取説が掲載されていますが、Z3はそこにすらありません*1
 KORGのZと言えばProphecyから進化したポリフォニックのMOSSのZ1 (Z1EX)が有名ですが、Z3はZ1とは無関係で、M3RとM1のような関係性はありません。或いは、かつてKORGには*3シリーズとでも呼べばいいのか、P3やO3といったPCM音源モジュールが存在しましたが、それらとも無関係です。Z3のカタログにはエフェクターのA3も載っていたようですが、直接的な関係はありません*2
 では、Z3は何なのかというと、1Uラックマウントのギターシンセサイザーです。KORGがリリースした唯一のギターシンセであり、恐らく世界唯一のFM音源採用ギターシンセでもあります。
 Z3を演奏するにはZD3というピックアップモジュールを取り付けたギターと独自の24pinコネクタでの接続が必要です。または、Sound Generator Modeにすると、MIDI経由でも発音させることができます。
 

FM sound chip in Z3

 Z3にはDS-8や707と異なりYM2414(OPZ)が音源に使用されています*3FM音源チップとしてはYM2164(OPP)の上位モデルに位置します。どちらも4オペレータですが、オペレータ波形にサイン波以外も使えるのが最も大きな違いです。これらを採用した主要モデルをまとめると下表のようになります。

FM Sound chip KORG Synthesizer products YAMAHA Synthesizer products
YM2164 (OPP) DS-8, 707 DX21, DX27, DX100, FB-01 etc
YM2414 (OPZ) Z3 TX81Z ,V2(DX11) etc
YM2424 (OPZII) - V50

 

Z3 advantages or differences

vs DS-8 / 707

 YM2164に対するYM2414のメリットは明らかなので、それ以外の点を挙げてみます。
 DS-8や707はFM音源を搭載していながら、取説を見てもFM音源らしい説明がまったくありません。アルゴリズムとかオペレータとかフィードバックとか、FM音源システムを説明する上で必要な用語が全く登場しないのです。これは、アルゴリズム#5(と#1)だけしか使用しないことで、典型的な2オシレータのシンセサイザーに近いパラメータ構成に落とし込まれている為です。

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4OP FM ALGORITHM#5

 どういうことかというと、OSC1はOP3とOP4の組み合わせ、OSC2はOP1とOP2の組み合わせで構成されているのです。OSC1のみType3,4という波形も使用可能で、Type1,2より明るい音と説明されています。これはOP4のフィードバックを使用して実現していると考えられます。また、XMODを有効にすると、OSC1の出音は聞こえなくなる仕様ですが、これはアルゴリズム#1に切り替わるためと考えられます。ところで、一般にクロスモジュレーション(XMOD)は「信号を掛け合わせる」とふわっと説明されることが多いですが、その厳密な定義は一意では無いように思えます。DS-8や707の場合、OP3の出力でOP2を変調することをXMODと表現していることになるでしょう。

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4OP FM ALGORITHM#1

 このように、DS-8や707はFM音源としてはアルゴリズムが固定され限定的なパラメータしか操作できません。これに対して、Z3は使用可能なアルゴリズムに制約はありませんし、一般的なFM音源のパラメータが揃っており特に制約もありません。但し、Z3はパラメータの説明は一切ありません。というか、音色エディット機能自体が無いため、MIDI経由でSystem Exclusive Messageでパラメータを送り込むしかありません。
 

vs TX81Z

 同じYM2414を搭載し、1Uラックマウントというフォームファクタも同じTX81Zと比較してみます。
 YAMAHAのFMシンセサイザーは基本的にYM3012のようなYAMAHA製のD/Aコンバータを搭載しています。が、Z3はBurr-BrownのPCM54HPを搭載しています。歴史的にYAMAHA資本の影響が強かった時代のKORG製品ですが、どういうわけかDACYAMAHA製品を排除しています。
 というか、YAMAHAFM音源チップの出力(フォーマット非公開)をそのまま入力できるDACが存在するなら驚きですが、そうではありません。Z3はデジタルリバーブを内蔵していることからYM2414の後段にデジタルリバーブ用のLSIが存在し、その出力がPCM54HPに繋がっていると考えられます。
 デジタルリバーブ(ディレイ)用のLSIと言えば、YM3413が多くのYAMAHA機材で使用されています。エフェクター専用機だけではなく、TG33, TG77, DOM30といった音源モジュールでもその存在が確認されています。また、KORG DRV-3000でも使用されているようですが、Z3の内部には見当たりません。
 Z3の基板を見るとKORG銘の比較的大きなカスタムLSIが2個確認でき、そのいずれかがデジタルリバーブを司っているのではないかと想像されます。この関係で、最終出力にはBurr-BrownのDACを使用しているのではないかと想像できます。PCM54HPはI2Sのようなシリアルではなく、16ビットパラレルのデジタル入力となっていることも関係しているかもしれません。なお、Z3の出力はステレオ2chですが、PCM54HPは1ch分のD/A変換しかできませんので、データシートに例示されているようなサンプルホールド回路を使って交互に左右チャネルを出力していると思われます。
 DACの違い以外にも、音源のパラメータの違いもちらほら見つかります。例えばTX81Zでは各オペレータの出力レベルは32段階で設定できますが、Z3では128段階に増えていたりします。また、ブレスコントローラやアフタータッチによるコントロールの設定がTX81Zでは可能ですが、ギターシンセのZ3では不可能です*4
 といったあたりが、TX81Zとは異なる点と言えるでしょう。
 

Z3 sound parameters

 Z3には"Program", "Patch", "Sound"という3つの概念が存在します。

Program
各弦毎の設定(MIDI CH, Sound#, PitchBendRange, Transpose, etc)を6弦分まとめたもの
ギターシンセなので各弦が各パート(ティンバー)的なものに対応する
Patch
ProgramをBank#, Patch#にアサインしたもの(フットスイッチや本体パネルでProgramを選択しやすくするためのシノニム・エイリアス的なもの)
Sound
いわゆる音色プログラム(Voice)

 というわけで、Z3ではSoundのパラメータを設定して音色を作ります。が、前述の通り、本体にはSoundをエディットする機能はありません。取説末尾のMIDI Implementationを見てSystem Exclusive Messageを送り付けてエディットすることになりますが、エディット機能が無いので、個々のパラメータが何を設定するものなのかの説明は全くありません。基本的には一般的な4OP FM音源と同様のパラメータ群なのですが、コード値やリスト値のようなパラメータは意味が解らなければ困るので実験しました。
 基本的にはFunctionCode=0x40でエディットバッファー宛にSound Parameter Dumpを送り込めば任意の音色プログラムを鳴らせます。例えば、以下のような16進バイト列を送り付ければ単純にOP1だけでサイン波が鳴るSoundになります。

F0 42 30 1D 40              #Header
54 45 53 54 20 20 20 20     #Voice Name (TEST)
07                          #Algorithm 0-7 (4OPのAlgorithm)
00                          #Feedback 0-7
00                          #LFO Waveform 0-3 (0:Saw, 1:Squ, 2:Tri, 3:S/H)
00 00                       #LFO Rate (Highest bit and lower 7bit) 0-255
00                          #PMD 0-127
00                          #PMS 0-7 (non-Zero to PM enable)
00                          #AMD 0-127
00                          #AMS 0-3 (non-Zero to AM enable)
00 00 00 00                 #[OPs]OSC Waveform 0-7 (0:Sin, 1-7:TX81Zと同様)
01 01 01 01                 #[OPs]Mul1 0-15 (0: x0.5, 1: x1.0, 2: x2.0, 15: x15.0)
00 00 00 00                 #[OPs]Mul2 0-15 (0: 0, 1: .0613636..., 2: .0863636...,  7: .43636..., 15: 0.93636...) Mul1値+Mul2値がRatio(Mul1=1,Mul2=2なら1.0+0.0863636=1.0863636倍)
00 00 00 00                 #[OPs]Detune1 0-7
00 00 00 00                 #[OPs]Detune2 0-3
7F 7F 7F 00                 #[OPs]Total Level 0-127 (0:最大,127:最小)
00 00 00 1F                 #[OPs]Attack Rate 0-31 (0:出音しない, 1:最も遅い,31:最も早い)
00 00 00 1F                 #[OPs]Decay Rate 0-31 (0:減衰しない?, 1:最も遅い?,31:最も早い)
0F 0F 0F 00                 #[OPs]Sustain Level 0-15 (0:最大, 15:無音)
00 00 00 00                 #[OPs]Decay2 Rate 0-31 (0:SustainLevelで維持, 1:最も遅い, 31:最も早い)
00 00 00 00                 #[OPs]Release Rate 0-15 (0:最も遅い,15:最も早い)
00 00 00 00                 #[OPs]Key Scale 0-3
00 00 00 00                 #[OPs]AMS Enable 0/1 (1 to AM enable)
00 00 00 00                 #[OPs]EG Shift 0-3
00 00 00 00                 #[OPs]Reverb Level 0/1 (Levelと言いつつEnable, 全OP同一値?)
00 00 00 00                 #[OPs]Reverb Rate 0-7 (全OP同一値?)
00 00 00 00                 #[OPs]Velocity Intensity 0-15
00 00 00 00                 #[OPs]Keyboard Track 0-15
F7                          #EOX

 各パラメータの設定値について実験した結果は↑のコメントに書き込んであります。
 また、[OPs]と表記した個所は、M1, C1, M2, C2と取説には書かれていますが、実験した結果OP4, OP3, OP2, OP1に相当します。前作のDS-8や707ではALGORITHM#5前提だったため、ModulatorとCarrierがそれぞれ2つで固定されるため、M1, C1, M2, C2という表記が為されているものと想像されますが、Z3は任意のアルゴリズムを設定可能ですので、この表記は適切ではありません。左から順にOP4, OP3, OP2, OP1が正しいです。実際に、4OP並列のALG#8でM1(OP4)のみFeedbackの効果が確認できます。
 

Z3 memory warnings

 Z3にはFactory PresetのROMがありません。つまり、迂闊に設定値を変更して書き込んでしまうと、元に戻せなくなります。エディットバッファー上の変更だけなら問題ありませんが、エディットバッファーを変更後、FunctionCode=0x11(Sound Write Req.)でエディットしたSoundを指定したSound#に書き込むと元に戻せません。
 予めFunctionCode=0x1C(Sound Parameter All Dump Req.)を送り付けると吐き出されるFunctionCode=0x4C(Sound Parameter All Dump)のバルクダンプを保存してバックアップを取得しておきましょう。
 

Z3 initial sounds

 Z3には7セグメントLEDしかディスプレイはありませんが、Soundメモリには最大8文字のVoiceNameが格納されています。参考までに、私の入手した個体のバルクダンプから展開したVoiceNameの一覧を掲載します。取説にプリセット音色の一覧は掲載されておらず、前述の通りFactory PresetのROMも無いため、これが工場出荷時の状態かは定かではありません。とは言え、音色エディット機能が無い機種ですから、恐らくは出荷時状態であろうと思います。後述の海外個人サイトに載っている音色名もこれと同一のようですので。
 一見して、FM音源が得意とする音色が多いのが目につきます。Z3はギターシンセサイザーですが、エレピ系音色が大量に存在し、加えてハープシコードやオルガンなどのキーボード系音色が大半を占めますです。ということは、DS-8や707から使いまわしたのかと思いきや、アルゴリズム#5,#1以外がたくさんありますから、Z3用に新規にプログラムされた音色も少なくなさそうです*5
 そもそもギターシンセサイザーの想定ユーザーは当然ギタリストだと思うのですが、ギターでエレピ弾きたいか?というとかなり疑問を感じます。ギター(とエフェクター)では出せない音を鳴らしたいという前提で、ギターのようにピッチが不安定*6だと、それを活かしたシンセリードとかがマッチするであろうと素人的には思うのですが…(今まで数十年、Z3を全く見たことも聞いたことも無かったのは、恐らくほとんど売れなかったからなのでしょう)。
 今、音源モジュールとしてその出音を聴いて見ると、良い意味でFM音源らしいプリセット音色が多いです。ギターシンセサイザーとしてではなく普通にFM音源モジュールとして発売されていたなら違う未来があったことでしょう。ただ、TX81Zと正面から競合しますから、出資元のYAMAHAが許可しなかったでしょうから、違う未来はあり得ないですけどね。

 

雑記

 個人的に長いことシンセサイザー愛好家をやっているつもりですが、最近Z3を発見して何だこれ?と思い、購入していろいろ調べてました*7
 そのため、本投稿の主題はKORGのFMシンセサイザーというよりは、Z3について書きたかったのです。そのためには、DS-8や707の話も掘り起こす必要がありタイトルと内容が微妙に合ってない感じになってしまいました。
 Z3のSoundのパラメータについての情報はどこにも無さそうなので、本投稿が誰かのお役に立てば。

 なお、Z3の情報は海外の個人サイトですが以下のサイトに情報が纏まってます。
Korg Z3 VIntage FM Guitar Synthesizer System

 DS-8や707がどうやって4OP FMシンセサイザーを普通の2オシレータのシンセサイザーっぽく見せているかについては以下のフォーラムが参考になります。
Korg DS-8 - Hardware (Instruments and Effects) Forum - KVR Audio
 



以上。

*1:KORG USAにはありました

*2:A to Zとかマーケティングで言いたかった可能性もあったりするのだろうか?

*3:もしかして、OPZだからZを冠するモデル名なのでしょうか?

*4:AMS,PMSのようなパラメータは存在するけど説明が無いので設定値の詳細不明。

*5:or OPZと一緒にYAMAHAから持ってきた(買った)?

*6:鳴り始めてからピッチが安定するまでに時間差があるような音色

*7:入手した個体は製造番号数百番台で、製造台数も現存する個体数も相当少なさそうですが、どうなんでしょう?