BOSS DR-670を修理した

 動作未確認というBOSSのリズムマシンDR-670を購入したところ、案の定というか正常動作しませんでした*1
 というわけで、修理した記録を残しておきます。
<<警告>>
本投稿の内容を真似て何らかの事故や損害が生じても著者は一切の責任を負いません。実施される場合は自己責任にてお試しください。

 

症状

 動作確認を行うと以下のような状態でした。

  • 電源は入る
  • 画面表示も正常
  • リズムパターンを再生すると1小節も経たずに途中で再起動してしまう
  • パッドを叩いて単音で鳴らしてみても、殆ど再起動してしまう
  • ファクトリーリセットを実行しても症状は変わらない(=メモリの異常・データエラーではない)
  • ACアダプタを変えてみても症状は変わらない(=断線・接触不良ではない)

 単音でサンプリングして使用しようかとも思ったのですが、シンバルのような持続音では確実に途中で再起動してしまうため、全く実用にならない状態でした。
 このため修理することにしましたが、既にメーカー修理受付は終了しています。検索してみると海外でサービスマニュアルが見つかったので自力修理を試みました。
 

原因の推定

 前述のような挙動から察するに、リセット回路が異常動作している疑いが濃厚です。が、その要因は必ずしもリセット回路自体には無いかもしれません。つまり、整理すると以下のような原因が疑われます。

  • リセット回路自体に異常?
    • DR-670のリセット回路に電解コンデンサのような経年劣化で壊れそうなパーツは特に見当たらない
  • リセット回路にリセットを発動させる外部要因がある?
    • 電源電圧の異常変動を正常に検出した結果、リセットが発動している(≒電源回路の異常)?
      • スイッチングレギュレータの1次側、2次側に経年劣化しそうな電解コンデンサが使用されている

 大まかな予想は出来たので、現物の状態を確認するために分解します。
 

分解

メイン基板
BOSS DR-670 Main board

 画像のメイン基板の上側がメインのデジタル回路で、電源回路はメイン基板の右下辺りに位置します

主要LSI
BOSS DR-670 Main LSIs

 今回の修理とは特に関係ありませんが、各チップの用途は以下のように推測されます。

IC2
いわゆる波形ROM(64Mbit=8MB)*2
IC3
いわゆる音源チップ(キースキャン(パッド入力)もこのチップに統合されている)*3
IC4
BOSS銘だが型番から推測するにNEC(現ルネサス)製のCPU
IC5
いわゆるプログラムが格納されている(4Mbit=0.5MB)
IC7
いわゆるメモリ(1Mbit=128KB)でユーザーデータ(パターンやソングやドラムキットやシステム設定等)が格納されており、ボタン電池(CR2032)で常時バックアップされている

 この画像には写っていませんがジャック基板に繋がるコネクタCN3の隣に配置されたIC13がDACで16bit stereo 2chのROHM BU9480Fが使用されています。

ジャック基板
BOSS DR-670 Jack board and battery box

 DCジャックやバッテリボックスなどはこちら側にありますが、電源回路は前述のとおりメイン基板にあります。
 

現物の観察

BOSS DR-670 Power circuit

 電源回路付近には劣化疑惑の電解コンデンサ(C44, C46)が使用されているのが容易に確認できますが、特に液漏れのような痕跡は確認できません。C44, C46に使用されているのは耐圧16Vで容量100uFの表面実装電解コンデンサで、スペック的にはSR-JV80シリーズに使用されているものと同様です*4。そしてSR-JV80シリーズではコンデンサの経年劣化がRoland公式にアナウンスされているのも有名な話です。
Roland - Support - 製品に関する大切なお知らせ - エクスパンションボード SR-JV80 シリーズをご愛用のお客様へ
 普通に考えるとこのような汎用パーツはまとまった数の一括大量発注で仕入れコスト低下を図るでしょうから、SR-JV80シリーズに使用したコンデンサだけが劣化するという事態は考えにくく、同時期の機器では同様に劣化する可能性が高いと考えられます*5

BOSS DR-670 Power circuit (from another angle)

 電源回路付近を注意深く観察してみると、3.3VのスイッチングレギュレータIC11(SEIKO S-8520E33MC-BJS-T2)のPin#3(Vout)とPin#4(Ext)が、出力側のインダクタ(L5)のコイル鳴きを防止するため(?)の接着剤(?)を介して接触しています。この接着剤のような物が恒久的に単なる絶縁体なら問題無いですが、万一、経年変化で誘電体のように振舞っているとすれば電源回路が異常な挙動する可能性があるかもしれません。Rolandは過去にJUNO-106のVCFで有名な80017Aで大ポカをやらかしています*6ので、同様な愚行は繰り返さないはずですが、こちらも疑いの一つに挙げられそうです。*7
 この観察結果より、IC11付近の接着剤除去で効果が無ければC44またはC46の電解コンデンサ交換も視野に入れることにします。
 

対策

  • IC11のPin#3とPin#4付近の接着剤をピンセットやカッターで除去
    ⇒僅かにリセット頻度が減ったような気もするが、プラシーボ効果的なレベルで相変わらず実用できる状態には回復していない
    ⇒接着剤の誘電体化疑惑は恐らく否定できる
  • レギュレータの1次側のC46は僅かに接着剤に覆われていない点があったので、C46の両端子に100uFの電解コンデンサを手で押し当てて並列接続
    ⇒症状が劇的に改善し、数小節再生しても正常に動作し再起動が発動しない

 というわけで、表面実装電解コンデンサのC46を交換するため外します。が、+側端子は前出の画像のとおり接着剤で覆われており、普通に半田ごてを当てて外すことはできません。調べてみると、表面実装タイプの電解コンデンサはラジオペンチなどで掴んで捻ると外せるとYoutubeで見かけたので、この方法を試してみたところ無事に外せました。

www.youtube.com
 この方法はラジオペンチで掴んだ電解コンデンサの円筒の円周方向に沿って一方向に回転させて捻ることで、コンデンサの端子が物理的に破断し、その結果として取り外すことができるという理屈のようです*8。表面実装電解コンデンサの足元に付いている樹脂製のプレートが基板上に残りましたが、これは簡単に手で取り除けます。すると以下の画像のように、基盤にはんだ付けされているコンデンサの足部分の導体だけが基板に残った状態となります。

BOSS DR-670 Power circuit, removed glue from IC11 pins and removed C46

 C46を取り外すことは出来たものの、+側端子の接着剤が邪魔で表面実装電解コンデンサを新たにはんだ付けすることはできません。この接着剤が曲者で簡単には剥がれないので、表面実装ではない普通の電解コンデンサを取り付けることにします。一見して判ることですが基板側はスルーホールではありませんので、以下の画像のようにコンデンサの足をラジオペンチで加工して、表面実装電解コンデンサの跡地にはんだ付けできるようにします。

Prepare condenser to replace C46 and C44

 これで、修理完了かと思ったのですが、リズムパターンを再生しながらパッドを連打したりすると稀に再起動が発生することがあることに気付きました。他に疑わしいのはC46の隣に配置されたC44(レギュレータの2次側の表面実装電解コンデンサ)だけですので、こちらも同様に交換してみたところ、完全に治りました!

BOSS DR-670 power circuit, replaced C44 and C46

 

補足

 電解コンデンサの経年劣化による再故障を防ぐために、構造上経年劣化が発生しないと言われる積層セラミックコンデンサに交換しようかとも思ったのですが、レギュレータのデータシートには二次側に極端に低ESRなセラミックコンデンサを使うと安定動作しないと明記されています。また、殆ど劣化しないといわれるタンタルコンデンサの場合、その故障時はショートモードになります。つまり、DR-670の電源回路の電解コンデンサの代替として単純に置き換えてしまうと、入力電圧または出力電圧がGNDとショートすることになり、ACアダプタやレギュレータICやその周囲の基盤を過電流で焼損するような事態が起こりえます。このため、安定性・安全性の観点から元と同耐圧・同容量の電解コンデンサに交換しています。
 



以上。

*1:古い機器の場合、専用ACアダプタを紛失して動作未確認というパターンは解りますが、乾電池で簡単に動作確認できる機器の動作未確認は隠したい何かが潜んでいる可能性を警戒すべきだと思います。

*2:Roland SC-55(無印)の波形ROMが合計3MB、SC-88(初代)は合計16MBだったことを考えると、リズム音源だけのDR-670で8MBは贅沢な使い方。

*3:DR-670が事実上最後のDRシリーズとなったためか、ドラムマシン向けパッド入力統合型音源チップのため、同型番の音源チップが採用された他モデルは見当たらない。

*4:製造元やロットまで同一かは不明です。

*5:SR-JV80だけ公式にアナウンスが出ているのは発煙などの安全にかかわる事故に至るからで、他機種は単に壊れたり動作不良に留まり安全性の問題が報告されていないためではないかと思います。

*6:80017AはIR-3109とBA662を小型基板に集約してレジンのようなものでコーティングし、単一チップのように利用できるようにパッケージしたVCFチップですが、経年変化でレジンが変質し動作不良を起こします。

*7:C45の両端やC44, C46の+側にもこの接着剤のようなものが付着しています。

*8:電解液漏れなどによる基板自体の劣化状況等によってはパターンを損傷する可能性もありそうなので、何も考えずに力任せに捻るのは避けた方が良さそうです。