弾道ミサイル対策(BMD)と国民保護計画など

 最近急速に北朝鮮方面のきな臭い報道が増えています。万一、日本に向けてミサイルが発射されるような事態になった場合、国内への着弾を阻止することはできるのでしょうか。また、一般の民間人は避難に際して事前に認識すべき事項は無いのでしょうか。

 過去にミサイル発射実験の動向を掴んだ際には、自衛隊に破壊措置命令が下されたという報道を目にした方も多いと思います。その際は航空自衛隊PAC-3が国内各所に展開され、陸地から離れた海上では、イージス艦が展開していたことも記憶している方も多いのではないでしょうか。

 このように、ただ座してミサイルの着弾を待ち被害が出るのを指をくわえて眺めるわけではなく、自衛のため迎撃を試みるのです。

 なお、ミサイル防衛はMD(Missile Defense)と略されますが、中でも弾道ミサイル防衛はBMD(Ballistic Missile Defense)と略され、防衛省もこの略語を使用しているため本投稿でも同様の意味で使用します。
防衛省・自衛隊:弾道ミサイル防衛(BMD)について

 本投稿では、国や行政(東京都)がどのように弾道ミサイルに対処しようとしているのか、公的ソースによる説明の紹介と、自衛隊保有する装備・機材を紹介しつつ、避難に当たっての留意事項などを考えてみます。
 

BMD構想

 まずは公表されている公的資料としては防衛白書を読むのが適切だと思います。全部読破しなくても、BMD構想を簡単に示す図としては、平成28年防衛白書の図表III-1-2-7を参照すると迎撃すべき弾道ミサイルと、PAC-3イージス艦との位置関係がイメージしやすいのではないでしょうか。
防衛省・自衛隊|平成28年版防衛白書|3 弾道ミサイル攻撃などへの対応
 
 図中では弾道ミサイルの発射後、以下の3段階の遷移が示されています。

  1. ブースト段階
    発射後、ロケットエンジンが燃焼し加速している段階
  2. ミッドコース段階
    ロケットエンジンの燃焼が終了し、慣性運動によって宇宙空間(大気圏外)を飛行している段階
  3. ターミナル段階
    大気圏に再突入して着弾するまでの段階

 図からは弾道ミサイルの「ブースト段階」からレーダで補足し、(海上を飛行中の)「ミッドコース段階」でイージス艦から迎撃し、(打ち漏らして陸上に飛来して)「ターミナル段階」に達した弾道ミサイルをPAC-3で迎撃すると理解できます。

 このように弾道ミサイルを探知・識別・追尾するレーダ設備を除くと、直接的に迎撃行動をとるのは海上自衛隊イージス艦か、(陸上に配備するけれど)航空自衛隊の(高射部隊の)PAC-3という大別して2種類の装備しか無いことが判ります。また、それぞれのターゲットとする弾道ミサイルが「ミッドコース段階」にあるのか「ターミナル段階」にあるのかという違いがあることも判ります。

 イージス艦からの迎撃ミサイルで、ミッドコース段階にある弾道ミサイルを大気圏外で迎撃できれば、迎撃に伴って発生する破片などの落下物などが陸上に飛散する可能性は低いでしょう。一方、陸上から発射したPAC-3によって迎撃した場合には、ミサイルの位置や高度によっては陸地に破片が落下する可能性も否定できないでしょう。それでもミサイルに搭載された弾頭が着弾して起爆した場合に生じる事態を鑑みれば被害の極小化を図れているわけで、迎撃しない理由にはなりません。
 

国民保護計画

 ミサイルが発射された時点では、そのミサイルの弾頭が通常爆弾なのか、NBC(Nuclear, Biological, Chemical)と言われる核兵器生物兵器化学兵器の何れかを搭載した弾頭なのかは攻撃を受ける側では判りません。着弾して被害が出てから、或いは迎撃に成功しても周囲の大気中に飛散した成分を分析するなどしなければ弾頭が判らない点には注意が必要です。

 東京都国民保護計画の「第2章 想定する武力攻撃事態及び緊急対処事態 第2節 武力攻撃事態 3弾道ミサイル攻撃」にも以下の通り明記されています。

弾頭の種類(通常弾頭又はNBC弾頭)により、被害の様相が大きく異なる。ただし、着弾前に弾頭の種類を特定することは困難である。

東京都国民保護計画

 故に、弾道ミサイルの迎撃に成功したとしても、直ちに民間人が避難場所から安全に退出できるわけではありません。通常弾頭なら上空で爆発してしまえばそれ以上の危険性は無さそうに思えますが、NBC弾頭だった場合には放射性物質や細菌や有毒物質が地表に降下してくる危険性が無いわけではないのです。

 同じく東京都国民保護計画*1より関連する文面を引用すると、以下の通り。

弾道ミサイル攻撃(通常弾頭、BC 弾頭)
・発射後短時間で着弾することが予想されるため、迅速な情報伝達等による被害の局限化が重要
・当初は、できるだけ近くのコンクリート造りの堅ろうな施設や建築物の地階、地下街、地下駅舎等の地下施設への避難を指示
・着弾後に被害状況を把握した上で、事態の推移や弾頭の種類に応じて他の安全な地域への避難を指示

弾道ミサイル攻撃(核弾頭)
・攻撃当初は爆心地周辺から直ちに離れ、近くの堅牢な建物・地下施設等に避難
・一定時間経過後、放射線の影響を受けない安全な地域に避難
・核爆発に伴う熱線・熱風等による直接の被害を受けないものの放射性降下物の影響を受けるおそれのある地域は、放射線の影響を受けない安全な地域への避難を指示(風下をさけ極力風向きと垂直方向)

弾道ミサイルによる攻撃の場合
○ 弾道ミサイルは、発射後短時間で着弾することが予想されるため、迅速な情報伝達等により、被害を局限化することが重要である。
○ 弾道ミサイル攻撃の場合、当初は、屋内避難をするよう警報が発令される。警報と同時に住民をできるだけ近くのコンクリート造の堅ろうな施設や建築物の地階、地下街、地下駅舎等の地下施設に避難させる。
○ 着弾直後は、その弾頭の種類や被害の状況が判明するまで屋外に出ることは危険を伴うことから、屋内避難を継続するとともに、被害内容が判明後、国からの避難措置の指示の内容を踏まえ、他の安全な地域への避難を行うなど、避難措置の指示の内容に沿った避難の指示を行う。

NBCを使用した攻撃
核兵器
○ 知事は、熱線爆風等による直接の被害を受ける地域については、攻撃当初の段階は爆心地周辺から直ちに離れ、地下施設等への避難を指示し、放射性ヨウ素による体内汚染が予想されるときは安定ヨウ素剤を服用させるなどして、一定時間経過後、放射線の影響を受けない安全な地域に避難させる。
○ 知事は、直接の被害は受けないものの、放射性降下物からの放射線による被害を受けるおそれがある地域については、放射線の影響を受けない安全な地域に避難するよう指示する。
○ 知事は、ダーティボムによる攻撃の場合、武力攻撃が行われた場所から直ちに離れ、できるだけ近傍の地下施設等に避難するよう指示する。
○ 関係機関は、風下を避けて風向きとなるべく垂直方向に避難させるとともに、手袋、帽子、雨ガッパ等を着用させる。また、口及び鼻を汚染されていないタオル等で保護することや汚染された疑いのある水や食物の摂取を避けることを指示する。
○ 関係機関は、避難住民等(運送に使用する車両及びその乗務員を含む。)のスクリーニング及び除染その他放射性物質による汚染の拡大を防止するため必要な措置を講じる。
生物兵器
○ 知事は、生物剤による攻撃が行われた場合又はそのおそれがある場合は、武力攻撃が行われた場所又はそのおそれがある場所から直ちに離れ、外気からの密閉性の高い屋内の部屋又は感染のおそれのない安全な地域に避難するよう指示する。
化学兵器
○ 知事は、化学剤による攻撃が行われた場合又はそのおそれがある場合は、武力攻撃が行われた場所又はそのおそれがある場所から直ちに離れ、外気からの密閉性の高い屋内の部屋又は風上の高台など汚染のおそれのない安全な地域に避難するよう指示する。
○ 化学剤は、一般的に空気より重いため、関係機関は可能な限り高所に避難させる。

 これらの文面から解ることは、弾頭の種類が判らなければ絶対安全と言える避難場所は無いということでしょう。
 核が使用され地上で放射線を浴びて死亡するとか、逆に地下なら安全だろうと地下に留まり続けたら、空気より重い化学剤が使用されていたために死亡するとか、堅牢な建物に留まっていたら換気口から侵入した生物剤により死亡するとか、そういった事態が残念ながら起こり得るのです。弾頭の種類が判らない状況下で緊急的に避難した後も継続的な情報収集が必要で、迎撃或いは着弾後に得られた情報に応じて適切に避難場所を変える必要があるということは多くの人が認識しておくべきではないでしょうか。
 

迎撃機材

 実際にBMD対応に従事するのは海上自衛隊イージス艦と、航空自衛隊PAC-3(高射部隊)であることは前述の通りですが、少し掘り下げてみます。

SM-3

 SM-3*2とは所謂イージス艦から発射する、艦船発射型弾道弾迎撃ミサイルのことです。
DDG-174きりしまVLS周辺
↑艦尾ヘリポートから船体中央寄りに見える垂直発射装置(VLS; Vertical Launching System)

 自衛隊イージス艦には4隻保有する「こんごう型護衛艦」と、2隻保有する「あたご型護衛艦」とがあります。

 ですが、全てのイージス艦がBMDに対応しSM-3を発射可能というわけではありません。以下の行政事業レビューシートによれば、こんごう型の4隻については平成22年度までにBMD対応の改修が完了しており、迎撃能力を有していることが明らかになっています。一方のあたご型については平成30年度までにBMD対応改修が完了予定とされており、現時点でBMD対策に従事することが可能かは不明確です。
平成24年行政事業レビューシート(事業名:イージス艦へのBMD機能の付加)

 なお、こんごう型の各艦の発射試験結果は以下の通り防衛省より広報発表が為されています。
平成19年12月18日 護衛艦「こんごう」SM-3発射試験の結果について
⇒「模擬弾道ミサイルを大気圏外において海上から迎撃することに成功」
平成20年11月20日 護衛艦「ちょうかい」SM-3発射試験の結果について
⇒「SM-3ミサイルの発射試験を実施しましたが、模擬弾道ミサイル迎撃には至らなかった」
平成21年10月28日 護衛艦「みょうこう」SM-3発射試験の結果について
⇒「大気圏外において標的に命中」
平成22年10月29日 護衛艦「きりしま」SM-3発射試験の結果について
⇒「大気圏外において標的に命中」
 なお、迎撃試験の映像は防衛省によりYoutubeで公開されています。
www.youtube.com

 あたご型では同等の発表が見つけられなかったので、まだ改修が完了していないのではないかと想像されます。

 なお、こんごう型の4隻だけで日本全土を防衛するのは難しいかもしれませんが、在日米軍にもSM-3を発射可能な艦艇は複数(というか海自以上に大量に)存在しています。こんごう型のモデルとなったと言われるアーレイ・バークミサイル駆逐艦タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦など、米第7艦隊の事実上の母港である横須賀には両手で数えきれない程度の艦艇が配備されています。有事の際に日米安保がどのように機能するのかは一般人には解りかねますが、一定の安心感はあるのではないでしょうか。

 それでも打ち漏らしたら陸上からPAC-3で迎撃されることになります。
 

PAC-3

 PAC-3はメディアの報道や自衛隊イベントなどでもよく見かけるのではないでしょうか。PAC-3は「パトリオットミサイル」とか「ペトリオットミサイル」と言われるミサイルと同じもの(正確には派生型)で、地対空ミサイルの一種で、国内では航空自衛隊が運用しています。
PAC-3 Launcher overview
↑発射機全体

PAC-3 Launcher
↑発射機後方。左右のミサイルキャニスタそれぞれに4発(合計8発)装填できるのが解る。写真の個体は左右のキャニスタのみだが、これを2段重ねにして合計16発装填可能なタイプも自衛隊保有している。

PAC-3 Launcher panel
↑発射機銘板。自衛隊的に品名は「発射機」が正式名称らしい。三菱重工製。

 弾体は自衛隊イベントで見かけたことはありませんが、開発元のロッキードマーティンが模型を展示していました。通常のPAC-3だけではなく強化型のPAC-3 MSE(Missile Segment Enhancement)が自衛隊に導入されているのかは不明です。また、THAADは現状では日本には導入されていません。
PAC-3/PAC-3 MSE/THAAD弾体模型
↑上から順にPAC-3PAC-3 MSE、THAADの1/4スケール弾体模型
 

分析機材

 迎撃の成功/失敗に関わらず、前述の通り弾頭の種類を識別する必要があります。そのためには、以下のような機材が投入されると考えられます。

NBC偵察車

 陸上自衛隊が運用する車両で、建機で有名な小松製作所製です。汚染(された可能性のある)地域でサンプルを収集し、分析・測定できる機材を搭載しています。
NBC偵察車前面
NBC偵察車前面

 車両後部からマジックハンドのようなものでサンプルを掴み、分析装置にかけることができるようになっています。車載可能な機材には限界があるため本格的な設備の整った研究施設ほどの分析はできないと考えられますが、最低限それが放射性物質を含むのかとか、既知の化学兵器と同じ組成なのかといった程度の分析はできるのではないでしょうか。とは言え、詳細は情報の性質的にも公開されていないようです。
NBC偵察車背面
NBC偵察車背面

 迎撃成功後の落下物や飛散物の地上降下後や、迎撃失敗時にミサイルが着弾・破裂した後に活動すると考えられます。
 

T4練習機

 練習機の名の通り基本的には訓練機材ですが、自衛隊イベントや新幹線開通記念の祝賀飛行で有名なブルーインパルスもこの機体の色違いを使っています。川崎重工製。
 過去の北朝鮮の核実験の際には、集塵ポッドを取り付けたT4が飛行したことが報じられています。
T4練習機
↑T4練習機(集塵ポッド未搭載)

 迎撃に成功した場合、迎撃地点付近の空域でサンプルを収集することになるのではないかと考えられます。NBC偵察車とは異なり機体内で分析できるわけではないため、収集した大気中のサンプルは着陸後に分析されることになります。
 

考察

 これらのことを考えると、Jアラートでミサイル飛来が警告された後、ミサイル着弾まで十数分程度と予測されていますが、その時間経過後に自身が生存できていたとしても直ちに避難場所から出られるわけではありません。弾頭の種類を分析するための時間が必要ですので、拙速な行動は身の危険を伴う可能性が有ります。かといって、前述の通り弾頭の種類によっては現在の避難場所に留まり続けるのが安全というわけでもありません。

 そのような状況下では適切な情報収集に努めるのが大事で、公的機関の指示や発表に従うことで生存性を高めることができると考えられます。

 そうは言っても、地下に避難しているならば特殊な設備が無ければワンセグも含めテレビやラジオの電波は届きません。都内の地下鉄では平時には携帯電話網が使えますが、有事の際には輻輳でまともに使えるかは怪しいところです。と考えると、適切な情報収集手段を確保しようにも難しそうではあります。そこで、通信のような輻輳の影響がなく地下で受信可能な放送が無いか調べてみたところ、都営地下鉄ならAMラジオが入るようです。

都営地下鉄では、駅で受信したAMラジオ電波を駅構内とトンネル内(高架部及び目黒~白金高輪を除く。)に再送信するサービスを行っています。これにより、各駅の構内及び車内でAMラジオをお楽しみいただけるとともに、緊急時の迅速な情報収集等が可能となりました。
このサービスは、平成6年11月に全国の地下鉄に先駆けて実施したものです。
なお、設備点検のため、サービスが停止することがありますので、ご了承ください。

AMラジオ再送信サービス | 東京都交通局

 最寄りの地下避難先が都営地下鉄という方はAMラジオも持って避難できるように備えておくのが良さそうですね。

 なお、都営地下鉄でAMラジオを再送信していると言っても、送信元がミサイル攻撃で破壊されてしまったら意味が無いのではないかとも思えます。WikipediaによればNHKのAMラジオ放送はNHK菖蒲久喜ラジオ放送所(埼玉県久喜市)、民放AMラジオのTBS・文化放送ニッポン放送は在京AMラジオ局送信所(埼玉県戸田市, 川口市, 千葉県木更津市)から放送されているようですので、全ての送信元が同時に破壊されるような事態は考えにくいでしょう。仮に東京が集中的にミサイルの飽和攻撃を受け東京スカイツリーやバックアップとしての東京タワーが同時にダメージを受け、テレビ放送やFMラジオ放送が途絶えたとしても、AMラジオなら生きてそうな期待が持てそうです。
日本の放送送信所一覧 - Wikipedia
 

 もちろん何事も無いのが一番良いのですけどね。
 
 なお、本文で紹介した国民保護計画は東京都のものを引用していますが、これは国民保護法の施行に伴い、各地の地域特性も考慮し各都道府県・市区町村といった自治体毎に作成されているようです。多くの自治体ではインターネットで公開しているようで「国民保護計画 ○○県」「国民保護計画 ○○市」といったキーワードで検索すると見つかります(見つからない自治体もある)。平時のうちに、お住まいの自治体のものを確認しておくとよいかもしれません。
 



以上。

*1:住民向けの文書というよりは、武力攻撃事態や大規模テロといった有事の際に行政側がどう動くべきかという観点の文書

*2:Standard Missile 3