ノドンはどれ位ヤバイのか
首相訪米中の2/12に北朝鮮が弾道ミサイルを発射した旨報じられています。
北朝鮮から弾道ミサイル発射 官房長官 “厳重に抗議” | NHKニュース
具体的なミサイルの種類については特定されていないようですが、ノドンと推定されつつあるようです。
韓国軍 弾道ミサイルは“ノドンか改良型の可能性” | NHKニュース
以下、各国語版のWikipediaの情報を元に、ノドンのヤバさについて記載します。
ノドン - Wikipedia
Rodong-1 - Wikipedia
로동 1호 - 위키백과, 우리 모두의 백과사전
名称の由来
個人的には私が初めてノドンの事を見聞きしたのは中学生ぐらいの子供の頃で、テレビや新聞のニュースが大きく報じていたと記憶しています。当時、「ノドン」の漢字表記は「労働」で報じられていた記憶もあるのですが、日本語版Wikipediaによれば、これは誤りだったようです。
ノドンは朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)咸鏡北道の日本海沿いの町。(「ノドン」は韓国においての発音(ソウル方言)であり、北朝鮮では「ロドン」と発音(ピョンヤン方言)される)
日本の一部マスコミは当初「労働」という字を当てていたが、これは(北)朝鮮語において「蘆洞」と「勞動(労働)」が同音(ロドン)であることからの誤解である。
ということで、労働ではないと。また、発音も現地語では「ロドン」で、韓国式発音では「ノドン」であるとされています。
一方、英語版Wikipediaを見て見ると、以下の記述があります。
The Rodong-1 (spelled Nodong-1 or simply Nodong in South Korea) is a single stage, mobile liquid propellant medium-range ballistic missile developed by North Korea.
英語表記では"Rodong"で、韓国式には"Nodong"と表記されるようです。日本語版の説明と矛盾はありません。しかし、以下の記載もあります。
Rodong (nodong in South Korea) is the Korean word for "labour". It is used in North Korea to denote the working class in Communist ideology, for example in name of the ruling Workers Party (Rodongdang).
「ロドンは韓国語で労働"labour"を意味している。(北朝鮮の)与党の労働党"Rodongdang"の名称のように、北朝鮮では共産主義イデオロギーの労働者階級を示すためにこの語は使われている。」と言った感じになると思いますが、これは日本語版Wikipediaの「蘆洞と労働が同音であることからの誤解」という説明と矛盾します。
名称の由来すら何が正しいのかわからないなんて、ヤバイです。
ちなみに英文記事を検索する際には、"Nodong"よりも"Rodong"の方がヒットすることが判りました。
ところで、北朝鮮の分析に最も長けているのは韓国なのではと思い、韓国語版Wikipediaも見て見たところ、以下の記述がありました。
로동(蘆洞)은 함경남도 함주군 로동리에 있는 마을 이름으로, 미군의 정찰위성이 1990년 5월에 처음으로 이 미사일을 발견한 장소이다.
私はハングルの読み書きの能力は全く無いのですが、Google翻訳に手伝ってもらうと、「労働(蘆洞)は米軍の偵察衛星が1990年5月に初めてこのミサイルを発見した場所である。」といった趣旨の事が書かれているようです。このハングル表記の原文中にも(蘆洞)という漢字が混ざっていますが、これを削除してしまうと「労働は~」という訳になります。
どういうことかと軽く調べてみると、日本語の平仮名やカタカナのように、ハングルは表音文字のような文字体系のようです。なので、発音が同じだと同じ表記になるため、外国語に翻訳すると「労働」だの「labour」だのといった誤訳が発生したと考えるのが妥当なようです。
ということで、米軍がこのミサイルを初めて発見した北朝鮮の町の名前に由来して、ノドン(ロドン)と呼ばれるようです。
射程距離
各国語版のWikipediaから情報を抽出すると以下の通り。
日本語版Wikipedia | 1,500-2,000km |
英語版Wikipedia | 1,000–1,500 km (est.) |
韓国語版Wikipedia | 사거리 1,800 km (1,200 kg 탄두) |
英語版の(est.)は推定(estimate)の意味ですが、韓国語版のハングルが読めないので再びGoogle翻訳で調べてみました。
"사거리"は「交差点」と訳されましたが意味不明。逆に日本語の「射程距離」をハングルに翻訳すると"사거리"に訳されました。表音文字つらい。なお、"탄두"は一発で「弾頭」と訳されました。
ということで、各国語版の情報を日本語で整理すると、以下のような感じになるでしょう。
日本語版Wikipedia | 1500-2000km |
英語版Wikipedia | 1000-1500km(推定) |
韓国語版Wikipedia | 1800km(1200kg弾頭搭載時) |
軍事という情報の性質上、正確な情報が公開されないのは自然なことではあります。が、英語版の最短の1000kmと日本語版の最長の2000kmでは2倍、すなわち100%も差異があることになり、数値の精度には疑問を感じなくもありません。
もちろん、弾頭の重量や打ち上げ角度等の諸条件により数値に幅があるのは当然ですが、日米で1.5~1.3倍も違う評価になっているのは何なのでしょうか。その点、韓国語版では弾頭の重量も明示してあり、これは一つの目安にはなりそうな気がします。
なお、2/12のNHKの記事では以下の記載となっています。
北朝鮮の中距離弾道ミサイル「ノドン」は射程が1300キロと日本のほぼ全域が入り、およそ200基が実戦配備されているとみられています。
韓国軍“弾道ミサイルは日本海に落下” 韓国政府“重大な脅威” | NHKニュース
1300km。数字だけ見れば英語版Wikipediaと同じソースの真ん中を採りましたって感じにも見えますが、どこから出てきた数字なのでしょうか。
射程距離がわからないなんて、ヤバいです。
英語版WikipediaなどからリンクされているWikimedia Commonsの射程距離の図をみると距離感が掴みやすいと思います(図中でノドンは1000kmの同心円で表記されている)。
Author: TUBS, derivative work: Cmglee via Wikimedia Commons
図からも解る通り、ノドンの射程に入るのは韓国全域と日本広域と中国・ロシアの一部で、アメリカにとっての直接的な脅威はありません。射程が最短の1000kmだったとしても、韓国の首都ソウルはもちろん、中国の首都である北京も射程圏内になります。また、NHKの言う1300kmだった場合、日本の東京も射程圏内に入ります。
昨今の状況から察するに、北朝鮮と友好的な関係にない韓国と日本を攻撃あるいは牽制するためのツールとして運用されつづけるのでしょうか。
ところで、NHKの公共放送的な性質を考えると、1300kmのソースは防衛省ではないかと思ったので調べてみたところ、以下のPDFが公開されていました。PDFの14ページにノドンの射程が約1,300kmと記載されています。
2016年の北朝鮮によるミサイル発射について 防衛省(PDF)
↑北朝鮮の各種ミサイルについての情報が簡潔にまとまっており、興味がある人にはお勧め。Wikipediaと違いソースも明確ですし。
ということで、防衛省的にはノドンの射程距離は約1300kmと推定しているようです。
弾頭
各国語版のWikipediaから情報を抽出すると以下の通り。
日本語版Wikipedia | 核弾頭 12-50kt 生物弾頭 化学弾頭 |
英語版Wikipedia | Conventional nuclear |
韓国語版Wikipedia | 재래식: 1200kg HE 핵탄두: 800 kT(러시아) 150-350 kT(파키스탄) 5 x MIRV(이란) |
日本語版には通常弾頭の記載はありませんが、「炸薬量 1,200 kg」という記載が別途されているのでこれが通常弾頭の意味なのでしょう。とすると、各国語版で共通して通常弾頭と核弾頭が搭載可能ということになります。
日本語版のみ生物弾頭と科学弾頭の表記があり、韓国語版では核弾頭について、それぞれロシア、パキスタン、イランのカッコ書きが併記されています。韓国語版の本文にはパキスタンのガウリ2が北朝鮮のノドンと双子だとか、イランのシャハブ3でMIRV弾頭を5つ搭載して5箇所を同時に攻撃可能だとか書いてあるようで、どうやら他国に輸出或いは技術移転された派生型についてもまとめて記載されているようです。一方、日本語版WikipediaではMIRV搭載に否定的な記述もあり、英語版ではMIRV弾頭には触れていません。
また、日本語版のみに記載のある生物・科学弾頭については他言語版には記述は無いようです。
弾頭がわからないなんて、ヤバいです。
………
わからないことだらけで、結構ヤバいです*1。
雑感
そもそもWikipediaを信頼できる情報ソースとして無条件に頼ってはいけないというのも事実ですが、捉えようによっては各国語版で異なる情報を流布して混乱させる情報戦のようなものなのかもしれません。
初めて発射されてから数十年経った今でもノドンが騒がれていますが、素人考えではそんな古い兵器なら、対策できるんじゃないの?とも思ってしまいます。
実際にノドンのような弾道ミサイルを迎撃するため、海上自衛隊は艦艇発射型のSM-3を、航空自衛隊がPAC-3を配備運用しているわけですが、実際にノドンを迎撃した実績はありません。幸い日本の陸地がノドンによって攻撃された事例はありませんが、海上には落下しています。陸地と比べて膨大な面積の海上全域を防衛できるだけの装備(予算)が無いのも事実でしょうけれど、困ったものです。
一方でノドンもそれだけ長い期間開発・改良を続けていれば、それなりに進化もしているでしょうし、単に古いから対策・対応できるという考えは甘いのかもしれません。
そういった意味でも、防衛力の維持・強化だけではなく、政治的に対立関係が解消するような働きかけも粘り強く継続する必要もあるのでしょうね。
以上。
*1:誘導方式等も調べたかったのですが、思いの外面倒なことに気付いたためこの辺で止めます。