水害ハザードマップと令和元年台風19号の浸水状況を比較する

 先日主に関東地方で猛威を振るった令和元年台風19号ですが、消防や自衛隊による救助活動だけではなく、国土地理院による記録・調査活動も翌日から航空機やUAVを用いて活発に行われています。その成果物の一部は一般人でも以下のページから参照可能です。
令和元年(2019年)台風19号に関する情報|国土地理院

 上記国土地理院のページ中には「浸水推定段彩図(速報)」が含まれており、以下のように簡単に説明されています。

国土地理院で収集した情報と標高データを用いて、浸水範囲における水深を算出して深さごとに色別に表現した地図です。
実際に浸水のあった範囲でも把握できていない部分、浸水していない範囲でも浸水範囲として表示されている部分があります。

 これ以上の詳しい解説は無いため推測になりますが、台風19号以前に計測された標高データと、台風19号後に航空機からレーザー測量された標高データの差分から浸水地域の水深を算出しているのではないかと思われます。台風19号以前に計測された標高データは台風19号直前の標高データではないこと、迅速な状況把握のため精度よりスピードを重視した航空機測量を行ったことによる測定データの分解能不足やエラーという大きく二つの要因によって誤差が含まれるため、「実際に浸水のあった範囲でも把握できていない部分、浸水していない範囲でも浸水範囲として表示されている部分があります。」の注記があるものと考えられます。
 そうは言っても、災害直後の被災地で水深を正確に細かいメッシュで測定するなんてことはできませんし、時間経過とともに水位も低下するため、この速報データが事実上最も高精度に浸水状況を示した実績データであると判断して問題無いでしょう。

 一方、各自治体はハザードマップを事前に公表しています。今回の台風で関係するのは水害ハザードマップや洪水ハザードマップと呼ばれる類のものになります。例えば、老人ホームの水没が報じられた埼玉県川越市や、北陸新幹線車両基地の水没が報じられた長野県長野市ハザードマップは以下から参照可能です。
水害ハザードマップ/川越市
長野市洪水ハザードマップ - 長野市ホームページ

 以下、埼玉県川越市の場合を例に、予想と実績(ハザードマップと浸水推定段彩図)の比較を行ってみます。
 
 

浸水推定段彩図

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出典:国土地理院ウェブサイト 令和元年(2019年)台風19号に関する情報荒川水系(入間川・越辺川・都幾川 2)(PDF:9.2MB)
 

比較

 浸水推定段彩図とハザードマップでは描写されている地図領域が異なったり解像度が異なるため、単純に比較をすることができません。そこで、双方の地図がほぼ同じ大きさになるよう画像処理を行い、同じエリアだけを切り抜き重ね合わせるように加工を行うと以下のようになります。
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考察・感想

 浸水の深さを浸水推定段彩図では青系の色、ハザードマップでは赤系の色で表示されていますが、どちらも濃い色ほど深いのは共通しています。そして、ハザードマップで濃い赤で示されているエリアが今回の台風19号で濃い青色となったエリアと概ね一致していることが比較画像から解ります。(ちなみに比較画像中の濃い青色のエリアのほとんどは川越市ではなく坂戸市に位置します。また、川越市側にはみ出た濃い青色エリアの辺りに、報道された老人ホームが位置します。)
 一方、浸水が浅い(ピンク系の色)のエリアのほとんどは、今回の台風19号では幸い浸水被害が発生していないことも解ります。これはハザードマップが想定最大規模で作成されているため、台風19号ではその規模に達しなかったと読み解けばよいのでしょう。
 個人的にはハザードマップの信憑性というか、どこまで信じていいかわからない(=かなり大げさに盛って描いてるのでは?)という思いが少なからずあったのですが、この実態を見る限り素直に信じるに値すると感じました。特に、深い浸水が予想されるエリアでは、想定最大規模に満たない場合でも少なくない浸水が発生するであろうことから、早めの避難が欠かせないと言えるでしょう。
 

蛇足

 上記比較画像中の入間川と越辺川が合流する付近には、朝日航洋(エアロ朝日)のヘリポートや整備拠点が存在します。そして、ここは国土交通省の災害対策用ヘリ「あおぞら号」JA83KTの定置場となっているようです。
関東地方整備局、AW139「JA83KT」を受領 - 機体記号 : JA83KT | FlyTeam ニュース

 浸水推定段彩図でも水色に彩色されていることから、残念ながら浸水被害が発生してしまったと察せられますが、朝日航洋からも以下のお知らせが発表されています。

 朝日航洋株式会社(本社:東京都江東区代表取締役社長:尾暮敏範)は、この台風19号の影響により近傍河川の堤防が決壊し、ヘリコプター整備の拠点である川越メンテナンスセンター(所在地:埼玉県川越市)が被災いたしました。これにより、お客様をはじめ関係する皆様には多大なご心配・ご迷惑をお掛けしており、お詫び申し上げます。

台風19号による弊社の状況について | モービルマッピング(MMS)・ドクターヘリ・空撮なら朝日航洋株式会社

 ということは、災害対策用ヘリ自体が被災してしまったのかと思ったのですが、事前に避難していたのか偶然かは判りませんが、浸水被害発生時には川越には居なかったようです。台風19号翌日にもJA83KTからADS-B情報は発せられており、その航跡から察するに、恐らく東京都江東区の東京ヘリポートに居たようです。江東区も、江東デルタ地帯と言われる海抜0メートル程度の浸水リスクの高いエリアですが…と思ったら、東京ヘリポート地理院地図で見ると標高5m弱となっていますので、江東デルタ地帯から連想するような浸水リスクは相対的には低いのかもしれません*1
 



末筆ながら、被災された方々に謹んでお見舞い申しあげます。また、一日も早い復旧復興をお祈り申し上げます。
以上。

*1:たとえヘリが水没しなくても、江東デルタ地帯が水没したら東京ヘリポートまで陸路でアクセスできるのかは謎ですが。