Roland JD-800系のフィルター採用機とか

 著名ミュージシャンも愛用する90年代デジタルシンセサイザーの名機にRoland JD-800があります。
 実機を一目見れば解りますが、パネル上に大量のコントローラを搭載して音作りがしやすい点が最大の魅力でしょう。優れた点は他にもいくつかありますが、JD-800のフィルタを好む人も多いようです。当時の前後の世代を含め、同一のフィルタを積んだ機材を調べました。
 

TVF用RolandカスタムIC搭載機

 JD-800(1991年頃)付近のRoland製の機材で使用されているTVF専用RolandのカスタムICを調べてみると、以下のようになっていました*1。デジタルフィルタなのでサンプラーとデジタルシンセサイザーに使用されています。整理してみると、TVF16とMB87424系の2種類のTVF用カスタムICが使用されていたことが判ります。MB87424系の末尾の枝番違いに機能的な差異があるのかは不明ですが、例えばD-70もJD-800も共通してLPF/BPF/HPFが選択可能で元波形によってはレゾナンス発振可能なのも同じです*2

Year Model TVF Custom Chip Notes
1988 S-550 TVF16 S-50では未使用*3
1989 W-30 TVF16 -
1990 D-70 MB87424 MV-30にも使用されているらしい(未確認)
1990 S-770 MB87424 -
1991 S-750 MB87424 -
1991 JD-800 MB87424A -
1992 DJ-70 MB87424A -
1993 JD-990 MB87424A -
1993 S-760 MB87424APF-G-LBND -
1996 DJ-70mkII MB87424A -

※S, W, DJシリーズはサンプラー、D, JDシリーズはシンセサイザー、MV-30はD-70相当音源内蔵のシーケンサー
 これ以降(JVシリーズ等の)機材ではTVF専用のカスタムICは使用されておらず、オシレータに相当する波形ROMから読み出すIC(PCM Custom)にTVFが統合されたような構成になっています。
 

TVF16とMB87424系の違い

 いずれもカスタムICなのでデータシートが公開されていません。このため、採用機器のService Notesから読み解くしかないのであまり多くの事は判りません。

  • 時系列的にはTVF16の後にMB87424系が登場
  • TVF16はその名の通り16bitデジタルオーディオデータを入出力している*4
  • MB87424系は18bitデジタルオーディオデータを入出力しているような雰囲気*5
  • MB87424Aは内部処理24bit*6

 

【補足】MC-303?

 2021年11月時点で最新の日本語版WikipediaのJDシリーズのページにはMC-303が派生機器で「JDシリーズのフィルターを流用している」とありますが著しく疑わしいです。同じくMC-303のページにも「JD-800のフィルタを元に」との記述がありますが同様に疑わしいです。いずれも同一ユーザによる記述で、ソースも明示されておらず単なる事実誤認と思われます。事実誤認と思う根拠は以下の通りです。

  • MC-303は当時新品で購入したがJDっぽさを感じることは無かったし、そんな訴求もされていなかった(と記憶している)
  • 事実として、MC-303には統合された音源チップ(PCM Custom)としてTC6116AFが使用されており、JDシリーズのような単体TVFチップは未使用
  • TC6116AFはSC-55mkII等と同じ*7(もちろん、MC-303とSC-55mkIIの波形ROMは別物)
    • SC-55mkIIがJD相当のフィルタと訴求されたことはない
    • 他にもTC6116AFを使用した機材はギターシンセGR-1, GR-09, GR-30があるが、これらがJD相当のフィルタを使用していると訴求されたのを見たことがない

 以上より、JD-800系のフィルタが使用されていないことは明らかです。もしかすると「JDの経験を活かした」とか「JDで培った技術を基に」とか、実質上の意味は無い(JD以降の全てのRoland製機材に当てはまる)単なるセールストーク的表現があった可能性は否定できませんが。
 つまり、敢えて書くならば「MC-303はSC-55mkIIやGR-1と同じフィルターを採用*8」と表記するのが適切なはずですし、当時の一般的なRoland機材のデジタルフィルタを搭載って話になるので、特筆すべき事項ではなくなります。
 そもそもMC-303の楽しさ・面白さはJDフィルタ搭載か否かに依るものではないと思っているので、その価値は揺らがないと思います。が、今でも高価なJDと同じフィルタなら、安価なMC-303で試してみようと思っている人が居るならば止めるべきです。別物です。
 

(追記)

JD-08

 古の機材を復刻しているRoland BoutiqueシリーズからJD-800をモデリングしたというJD-08が来月(2021年12月)に発売されるようです。
www.roland.com
 一目見てコントローラーがみっちり詰まった筐体デザインはJD-800を彷彿させるものがありますが、巨大なJD-800に対して小型なJD-08の操作性がどんなものかは触ってみないと分からないところではあります。また、「オリジナル機の開発者による監修や、高度なモデリング技術により各モデルの特長を忠実に再現」と記載されていることから、内部的にはソフトウェアで再現しているようです。つまりMB87424系フィルタチップが再生産されるというわけではなく、その挙動・特性を含めてソフトウェアで実装したということになるようです。
 先に登場しているRoland Cloud版のJD-800 (RC JD-800)も、「オリジナルの波形データを組み込んだ高度なモデリング・エンジン」を訴求しているため、同等のコードがARMマイコンか何かで動いているのではないかと想像されます。ちなみにJD-08の方は「オリジナルの波形」という表現ではなく「サウンド・デザインの可能性を広げる108種類もの波形」という表現で、108種類はJD-800実機と同じ数ですがオリジナルと同一であるとは明示されていません。つまり何らかの非可逆圧縮等が施されている可能性があるのかもしれません。
 逆に強化されている面もあり、JD-800実機は24音ポリですが、JD-08では最大128音(負荷によって変動)と大幅に強化されています。また実機はチャンネルアフタータッチ対応鍵盤を搭載していましたが、JD-08の音源はポリフォニックアフタータッチに対応するようです。一方でチャンネルアフタータッチには対応しないので、外部キーボードで演奏する場合、アフタータッチを多用するキーボーディストは種類も少なく高価なポリフォニックアフタータッチ対応鍵盤を用意する必要があります。JD-08をJD-800/JD-990の代替音源として使うつもりなら、音の再現性云々だけではなくMIDIインプリメンテーションチャートで対応するMIDIメッセージを事前に細かくチェックした方が良いかもしれません。
MIDIインプリメンテーション・チャート(パート)
 なお、価格的な意味ではRoland Cloud版のJD-800のLifetime Keyが149USD*9に対して、Roland BoutiqueのJD-08が主要な楽器店で概ね50600円(税込)で発売になるようです。音源+コントローラ+MIDII/F+オーディオI/F*10として考えると十分リーズナブルな価格設定かと思います。ちなみにJD-800実機の正常動作する中古品はヤフオクで概ね20万前後、状態が良い個体だと30万超えることもあるようです。

 蛇足ながら、Roland BoutiqueのJD-08にせよRoland Cloud版のJD-800にせよ、MB87424のモデリングに成功しているならD-70も復刻できるはず。既にD-50を復刻しているのだからLA Synthesizerのエミュレーションも技術的な問題無いはずだしオリジナルのPCM片使って復刻してくれないかな。鍵盤はあまり弾かないシンセサイザー愛好家にとっては76鍵のD-70は置き場所の確保に困るのです。
 



以上。

*1:ソースはService Notes

*2:つまり、枝番による機能的な有意差は無く製造時期によるロットの違いやパッケージ差異を示しているだけかもしれません。

*3:つまりS-550はS-50の単純なラックマウント版ではない。

*4:S-550のService Notesの図中に16bitと明示されている。

*5:D-70のService Notesの回路図の表記から察した(18bitの明示は無い)。PCM CUSTOM⇒TVF⇒EFFECTの各IC間の接続がパラレルに各18本描かれている(各ICの制御用アドレスバス/データバスは別途存在)。但しD-70ではEFFECT用ICからDACには16bitで転送されると明示されている。

*6:DJ-70のService NotesにSignal Processing: TVF, TVA on 24bitと明示されている。

*7:SC-55, SC-88とはまた別物

*8:GR-09, GR-30はブライトネスのみでレゾナンスパラメータが省略されている

*9:1ドル115円として換算すると17135円

*10:オーディオインタフェースとしての公式な仕様が見つけられなかったのですが、サンプリングレート192kHzまで対応するようです。ソース⇒JD-800とJX-8Pが小さくなって復活! Roland Boutiqueシリーズの新機種、JD-08とJX-08誕生 ビット深度は言及無し。