AKAI MPK Mini Playの内蔵音源を調べる
以前から気になっていたAKAI MPK Mini Playの内蔵音源の実体が何者なのかついに特定しました。
以下の投稿を書いた時点ではAKAI自社開発の音源ではなく、YAMAHA(日本)/Dream(フランス)/VLSI(フィンランド)辺りの音源チップメーカーが供給する何らかの製品が搭載されているのではないかと大雑把に想像していたのですが、実機を入手したので正解が判りました。
wave.hatenablog.com
MPK Mini Play内部
MPK Mini Playの底面に見える全てのネジ*1を外すと内部にアクセスできます。
底面側にはキーボードユニットが、表面側にはメイン基板が固定されており、両者はフラットケーブルと電池収納部からの電源線が接続されているので勢いよく開けるとケーブルまたはコネクタを破損させてしまう可能性がありますので慎重に作業しましょう*2。コネクタを外してしまえば表面側と底面側の二つの塊に分離できます。
表面側には"AD19 MAIN PCB PC18A001A 2018.08.10"と刻印されたメイン基板がケースにネジで固定されています。ドラムパッド、ディスプレイ、ノブ、その他ボタン等フロントパネル側のパーツはジョイスティック以外すべてこのメイン基板に載っています。USB、ヘッドフォン出力、ペダル入力などの各種コネクタもこのメイン基板に載っています。そして、マイコン、音源チップ、波形ROMもこの基板に載っています。
主要LSI
メイン基板裏面側(分解すると見える側)には、以下のICが確認できます。
IC | Function | Vendor | Model | Notes |
---|---|---|---|---|
IC1 | MCU | STMicroelectronics | STM32F401 | ARM Cortex M4マイコン(USB機能有) |
IC2 | 音源 | deram | SAM2635 | エフェクタ搭載シンセサイザー |
IC3 | 波形ROM*3 | Macronix | MX29GL640EHT2I-70G *4 | 64Mbit NOR FLASH |
IC4,5,6 | 8bit shift register | ? | 74HC595U | - |
IC10,11 | Mux/Demux | TI | CD74HC4051PWRG4 | ※HJ4051刻印 |
※IC7,8は基板裏面に存在しない
というわけで、仏DreamのSAM2635がMPK Mini Playの内蔵音源の正体でした。
SAM2635
何故かAKAIは内蔵音源について音色一覧やMIDIインプリメンテーションチャートすら公開していません。
DreamのWebサイトでSAM2635のデータシートなどが公開されていますので、この音源を制御するための詳細情報はこちらを調べると良いでしょう。
https://www.dream.fr/items.php?item=14
データシートによると、SAM2635に組み合わせる波形ROM(ファームウェア含む)はCleanWave8, CleanWave32, CleanWave64の3種類*5あるそうです。前述のように波形ROMには64Mbit品が使用されているので最上位の8MBのCleanWave64の波形がMPK Mini Playには採用されていると考えられます。
この音色一覧は以下のPDFに記載されています。
https://www.dream.fr/pdf/Serie2000/Soundbanks/GMBK9764.pdf
Control ChangeやNRPNなどのMIDIデータフォーマットは以下のPDFに記載されています。
https://www.dream.fr/pdf/Serie2000/Firmwares/Firm2635.pdf
制約
SAM2635の機能としては存在するのに、MPK Mini Playでは利用できないものが多々あります。網羅的ではありませんが、気付いたベースで列挙すると以下のような不都合があります。
- SAM2635自体は普通に全16CHのMIDIチャンネルを受信・発音可能だが、MPK Mini Playでは1CH(普通の楽器)と10CH(ドラムセット)しかProgram Changeを受信しない*6。
- CleanWave64の音色一覧には128GM音色+225バリエーション音色+9ドラムセット+1SFXと明記されているが、MPK Mini PlayではGM相当128音色+9ドラムセット+1SFXしか利用不能。つまり、バンクセレクト(Control Change 0)を伴う225バリエーション音色に切り替えることが出来ない模様。
- DrumsetのProgram Change番号が一般的なGMのものではなく、0-9を指定するようになっている。
- SAM2635が受信するはずのSystem Exclusive Messageを受信しない。
- MPK Mini Playの音声出力のステレオミニプラグはヘッドフォン出力を意図しておりラインレベルより低電圧だが、SAM2635のSystem Exclusive Message(Manufacture ID=0x00 0x20 0x00=Dream)が使えれば出力ゲインを上げることもできるが封じられている。
- Roland GSコンパチのエフェクトやパートパラメータ操作用System Exclusive Messageが使えるはずだが封じられている。(AKAIがinMusicやNumarkに買われる前の日本企業だった頃のSG01シリーズ*7では、AKAI自身のManufacture ID=47以外にもSAM2635と同様の目的でRolandのManufacture ID=0x41のSystem Exclusive Messageが使用できたのだが。邪推するとRolandの許諾が得られなかった可能性もあるが、その割にはTR-808やCM-64/32といったRoland製品名がドラムセット名にそのまま使用されていたりと、権利関係の理由では無さそう。)
これらの制約があるということは、USB-MIDIから流れてきたMIDI MessageをMPK Mini PlayのARMマイコンでフィルタリングしてからSAM2635に流しているような挙動です。何故そんなことをしているのか判りませんが…。なお、MPK Mini Play本体で音色を変更した直後でも、MPK Mini Play本体のディスプレイで確認できる音色のFilterやEGのパラメータが64ではない音色が存在することが判ります。つまり、音色変更すると単にProgram ChangeがSAM2635に送出されるだけではなく、音色エディットパラメータも同時に内部的には送出されているのではないかと考えられます。商品企画構想段階では複数パートを使用したレイヤー音色のようなものも検討されていたとすれば、前述の意味不明な制約が出来た経緯も一部は納得できそうな気もします…。
改造できそう!
MPK Mini PlayのARMマイコンを経由せずにMIDIデータを流し込むことができれば、SAM2635本来の性能を引き出すことができるはずです。
メイン基板を眺めてみると、以下のような未使用端子が見つかります*8。
SAM2635_TX, SAM2635_RX, DGND, D+3.3Vと書いてある辺りが興味深いですね。TX/RXが誰目線なのか次第ですが、それぞれMIDI IN/OUTのいずれかに相当しそうです。SAM2635自体のピンアサインを確認すると、MIDI INがPin#29、MIDI OUTがPin#8に存在しますので、それとSAM2635_RX、SAM2635_TXいずれかの導通を確認すれば特定できそうです(未確認)。さらにグランドと3.3V電源まで用意されているので、SAM2635にMIDI入出力端子を付けたり、ESP32を使って容易にBLE-MIDI音源に改造することも出来そうな雰囲気です*9。
なお、キーボードユニットのフラットケーブルや電池収納部からの電源線をメイン基板に接続しない状態でも、USB接続すればMPK Mini Playは普通に起動しました。鍵盤が壊れたら下半分を切り捨てて音源モジュールに改造するといったこともできそうです。
その他
日本国内では仏Dreamの音源を積んだ製品はあまり見かけません。
過去にはTASCAMが発売していたPOCKET STUDIO 5という小型MTRに内蔵されていた音源が時代的にSAM2195辺りと推測されます*10。
現行製品としては、MiDiPLUS miniengineがMPK Mini Playと同様にSAM2635を搭載した製品のようです(波形ROMは不明)。1万円前後の音源モジュールですが、PC無しでUSB-MIDIキーボードを演奏するのが主目的の音源のようでUSBホスト端子が付いているのが特徴です(PCから演奏するには別途MIDIインタフェースが必要でTRS-MIDIケーブルで接続する必要があります)。
以上。
*1:この底面側と表面側を固定するネジはすべて同じものですが、内部で使用されているネジは別物です。
*2:作業難易度としては、ノートPCの分解より簡単です。
*3:正確にはNOR FLASHですが、本投稿では波形ROMと表記します。
*4:MX29GL640E??2I-70Gの刻印しか読み取れないが該当する製品はこれしかない
*5:特殊な条件で他のサンプルセットも利用可能と書いてあるものの、MPK Mini Playのようなコスト要件が厳しそうな機器では既製品を利用すると思われます。
*6:その他のCHはProgram Changeを送ってもピアノ音色で固定されたまま。
*7:SG01k, SG01v, SG01p
*8:この基板には各コネクタのピンアサインがシルク印刷されていて、勝手に分解するようなユーザーにとっては大変親切な作りです。
*9:実際に改造するならMPK Mini Play自体のARMマイコンからのMIDIデータと競合しないよう注意が必要そうな気もします。
*10:NRPNが独特なのでMIDIデータフォーマット/MIDIインプリメンテーションが公開されていればDream製品と特定できますが、具体的なチップの特定は分解してみないと断定できません。