YAMAHAのDASS搭載機

 かつてYAMAHAシンセサイザー等にはDASS(Dual Architectural Synthesis System)と呼ばれる音源システムを搭載したモデルが存在しました。Dual Architectureが指すのはFM音源とAWM音源で、その両方を搭載したモデルがDASS搭載というわけです。
 主に知られているDASS搭載モデルはSY22/SY35とそのモジュール版のTG33、或いはEOS B500/B700でしょう。これらのモデルではFM音源用チップとAMW音源用チップが個別に搭載されていたわけではなく、GEW5と呼ばれる音源チップが搭載されていました(AWMの波形ROMはGEW5から独立しており、モデルによって違います)。
 少ないモデルでしか採用されていないようにも思えますが、YAMAHAのホームキーボードPORTATONEや電子ピアノのCLAVINOVAシリーズまで含めると、結構な数が存在するようで、調べてみた結果をまとめます。
 

DASS採用モデル一覧

Series Model VoiceEdit MIDI Note
MUSIC SYNTHESIZER SY22 o o -
MUSIC SYNTHESIZER SY35 o o -
TONE GENERATOR TG33 o o -
MUSIC SYNTHESIZER EOS B500 o o Japanese domestic model
MUSIC SYNTHESIZER EOS B700 o o Japanese domestic model
DISK ORCHESTRA MODULE DOM-30 x o Not officialy announced as DASS employed model, but actually GEW5 is inside
PORTATONE PSR-7 x x -
PORTATONE PSR-8 x x Not sold in Japan(probably)
PORTATONE PSR-27 x x -
PORTATONE PSR-28 x x -
PORTATONE PSR-37 x o -
PORTATONE PSR-38 x o -
PORTATONE PSR-47 x o -
PORTATONE PSR-48 x o -
PORTATONE PSR-64 x o Not sold in Japan(probably)
PORTATONE PSR-2500 x o -
PORTATONE PSR-3500 x o -
PORTATONE PSR-4500 o o -
PORTATONE PSR-4600 o o Not sold in Japan(probably)
PORTATONE X4500 o o Not sold in Japan(probably)
PORTATONE PSR-6700 o o Not sold in Japan(probably)

 基本的には以下の投稿内容を基に、YAMAHAの取説PDFで確認しました。
Yamaha DOM30 low-key awesome? - Gearspace.com
 なお、DOM-30については、日本のYAMAHAのWEBサイトや日本語/英語マニュアルでは音源システムについて何も触れられていません。ですが、海外で100 sound colors (67 AWM sounds / 23 FM sounds)という表記が確認できます。私が実機を購入して分解してみたところ、GEW5(XF987A0)が3個搭載されているのを確認しましたので、メーカー非公表ながらもDASS搭載です*1。DOM-30は1989年ごろに開発されたと思われますが、その2年ほど前のClavinova CVP-8やCVP-10のマニュアルには「音色はヤマハが新しく開発したAWM音源とFM音源を採用。」といった記載が確認できますので、CVP-8, CVP-10などもDASSなのかもしれません*2

YAMAHA GEW5(XF987A0), the DASS chip in DOM-30

 他にも、以下のページの情報によれば、GEW5採用モデルとしてCVP-50やKB-100が載っています。
Edward d-tech website - music
 ですが、CVP-50については取説に「リアルな音色を実現したAWM音源」としか書かれておらず、FM音源部分が使われているのかは不明です*3。KB-100については、PSR-7に近い製品のようですが、日本でもアメリカでも取説が公開されておらず詳細不明です。
 

DASS搭載機をどうやって選ぶか?

 もし、今からDASS搭載機を使ってみたいという好奇心旺盛な方は以下のような点を考慮すると良いでしょう。
 まず、GEW5と組み合わせる波形ROMが各モデルで違います。SY/TG/EOSが最も豊富なように思えます。当時のClavinovaはベーシックな音色のみで音色数は少なく、限定的な波形ROMしか持っていないことが察せられます。また、Portatoneは新しくなるほど音色数は増えていますが、さすがにSY/TG/EOSほどではありません。恐らく、数で言うとSY/TG/EOS > DOM-30 > 新しいPortatone > Clavinova ≧ 古いPortatone の順になると思います。
 積極的に音作りしたいと思うなら、TG33>SY35>SY22の順で選べばいいと思います。EOSは小室哲哉枠なので、SY/TGとは単純に比較できませんが、お好みで選択すればよいかと*4。次いで、Portatoneの内、音色エディット可能なモデルが候補に挙がってくるでしょうか。逆に音作りというより、単にチープな音として古いPCMやFM音源の音が欲しいという場合には音色エディットができないモデルも候補になるでしょう。
 なお、SY/TG/EOSも含めてDASS中のFM音源機能は、フルエディット可能なわけではありません*5。すなわち、自分でアルゴリズムを選択して各オペレータのパラメータを設定することはできません*6。プリセットFM音源とでもいうべき状態で限定的なパラメータしか操作できませんので、DASS搭載機があれば単独のFMシンセは要らないということにはなりません*7。PORTATONEについては音色エディット可能なモデルでもパラメータはさらに限定的です。もし、今からわざわざDASS搭載機を買おうと思うなら、事前にPDFマニュアルを読んだ方が期待外れにならずに良いと思います。
 DASS搭載モデルを使ってみたいけど鍵盤は邪魔なのでモジュールが良いとなると、TG33かDOM-30しか選択肢はありません。そしてDOM-30は全くエディットできません*8ので、事実上TG33だけが音作りのできるDASS搭載機ということになります*9。逆にプリセット音色だけでもいいから使ってみたいという場合には、DOM-30は悪くない選択肢だと思います。クラビノーバのオプションとして製品化されていることもあってか、当時の機器にしてはとても良いピアノ音がします*10。実用性はともかく変な音も入ってますし、GEW5とは別にリズムパート用のPCMも入ってますので、使い方次第では化けるかも知れません。
 

(追記)FM音源部のオペレータ数について

 DASS機について4OPであるかのように語られる言説をよく見かけていたので、そうなんだろうと思っていましたが実は2OPのようです。
 TG33のParameter Changeでは個別にオペレータのパラメータを操作することはできませんが、Voice bulk dumpの中身をよく見ると、ELEMENT B/D(FM音源)のパラメータに"M WAVE", "M MULTI", "M DT1", "M DT2"や"C WAVE", "C MULTI", "C DT1", "C DT2"といったパラメータ群が存在します。かつてはこの表記が何を表しているのか解らなかったのですが、4OP FM音源のYM2414 (OPZ)を搭載したKORG Z3の取説を読んだ今なら解ります。Z3で見かけたM1, C1, M2, C2表記と同様に、M, CはそれぞれModulator, Carrierを表していると考えると意味が通ります。つまりMとCが各1個だけなので、オペレータは2個しかないのです。
 これを機にEOS B500, B700のMIDIインプリメンテーションも見てみたところTG33より読みやすく、ELEMENT B/D内のパラメータには普通にmodulator waveとかcarrier waveとか、オペレータの役割が解るように説明されていました*11。B500, B700でも同様にCarrier, Modulatorが各1つしかないので、2OPであることが確認できます。
 つまり、DASS機は2OP FM音源のように思えます…が、1Voiceあたり最大4 Element(AWM2つ + FM2つ)を組み合わせて音作りをしますので、AWMオシレータ2基と2OP FM音源が2基が並んでる状態ということになります。これって言い方を変えればFM音源部は、4OP FM音源のAlgorithm #5相当なのではと見ることもできそうな気がします。

Algorithm#5 of four operator FM Synthesizer

 改めてDASS機のVoice bulk dumpフォーマットを注意深く見直してみると、Algorithmのパラメータは各機ともありません*12。また、TG33ではElement D部のパラメータの説明は(Element Bと同等のため?)割愛されていますが、EOS B500, B700の取説にはElement DもElement Bと同じパラメータ内容が並んでいます。つまり、Element B, Dの両方にFeedbackパラメータが存在するのです。4OP FM音源のAlgorithm #5ではOP4にしかFeedbackを掛けられませんが、DASS機のFM音源ブロックはFeedback付き2OP FM音源が2基並んでいる状態であり、4OP FM音源のAlgorithm #5とは異なるものだと言えます。
 というわけで、DASS搭載機のFM音源部は1voice辺り2OPかつ2基同時使用可能という変則的なFM音源ということになります。
 

 蛇足ながら2OP FM音源でも個性的な音を作ることは可能です。KORG NTS-1用2OP FMオシレータを公開しているので、興味のある方はどうぞ。
github.com
 



以上。

*1:SY/TG系と異なり、AWMとFMを同時併用した音を単一音色としては出せないようです。もちろん、別パート(チャンネル)で同時に鳴らすことはできますが。DISK ORCHESTRA MODULEの名の通り、シンセサイザーとして作られておらず、クラビノーバのオプションなので、音色エディット機能もありません。

*2:そうだとしても、Clavinovaなので当然音色エディットはできませんし、音色数は少ないです。

*3:エレピやハープシコード音色もあるので搭載されているFM音源を使用しない理由もなさそうですが。

*4:SY22/SY35/TG33はベクターシンセでもあり、任意の4音色(FM2音色とAWM2音色)をベクターコントローラ(ジョイスティック)でモーフィングできますが、EOSにはできません。

*5:それがGEW5の仕様なのか、各製品での実装によるものなのかは定かではありませんが、恐らく後者っぽい気がします。

*6:実はSY/TGはシステムエクスクルーシブメッセージを使えばFM音源部も詳細にエディットできる説が海外掲示板で見当たりますが、マニュアルのMIDIデータフォーマットを見ても該当するパラメータチェンジやバルクダンプの記述は見当たらないのです…。この世代の取説は画像PDFで、検索できないので見落としてるだけかもしれませんが。

*7:逆に言えば、0からFM音源の音色を組むよりもテンプレをいじるだけなので遥かに簡単です。EOSはこの特徴を売りにしていましたね。

*8:エクスクルーシブメッセージを使っても音色エディットは不可能で、GEW5とは別チップのYM3413で実装されたデジタルリバーブの操作しかできません。

*9:蛇足ながら、TG33(DASS)はTG55(AWM2)やTG77(RCM)よりも後に発売されています。AFM、AWM2、その組み合わせのRCM音源がリリースされた後にわざわざ旧世代方式を使って製品化されたことになります。そもそも、SY77(RCM)が1989年に発売された翌1990年にSY55(AWM2)とSY22(DASS)が発売、その2年後にSY35(DASS)発売という順序になっています。品揃えとして廉価モデルが必要だと考えたのか、内製パーツのGEW5を作りすぎたのか解りませんが、なかなか興味深い順序です。

*10:DOM-30の波形ROMと思しきチップには、YAMAHA XH447A0、XH448A0、XH449A0、XH450A0の4つが搭載されており、TOSHIBA TC40H139Pで選択できるようになっている感じに見えます。

*11:但し、いずれの取説にもその値がリスト値の場合の説明が無いので、どんな値にするとどんな意味になるのかは実験してみないと判りません。

*12:TG33にはconnectという3bitの謎パラメータが存在します。また、TG33にはCFX,MFXという謎1bitパラメータが存在しますが、B500/B700でoperator connect fixと説明される1bitの謎パラメータに相当しそうですが、こちらは、値0しか採らないようです。FM音源の各Algorithmはoperatorのconnectionを定義したものであると言い換えることはできますが、DASS機のこれらのパラメータは謎です。