遡ること20世紀末の1998年、ギターエフェクターなどで有名なZOOM(テレカンファレンスの会社ではなく、日本の会社です)が、突如リズムマシンの製造を始めました。同業のBOSS(Roland)に対する挑戦なのかなーと当時は思ってました。
RhythmTrak RT-234が初号機になりますが、翌年発売されたRT-123はあまりにも安かったので、当時ろくに調べもせずに衝動買いしました。結果、あまり自分の好みの音ではなかったのでほぼ未使用でした。808系のアナログドラムマシンの音は本家Roland SC/JVシリーズやYAMAHA TG/MUシリーズなど、それぞれ違いはあれど、個人的にはそれほど大きな違和感は感じませんが、ZOOMは全く違うなと*1。ZOOM製品なだけあって、メインターゲットはギタリストやベーシストと思われ、生ドラムの音がメインのリズムマシンなのでした。
そして、最近になって初号機のRT-234を入手しました。特に人気機種とかでは無いようで、中古市場では安価に流通しているようです。
本投稿ではRT-234を分解しますが、その前にRhythmTrakシリーズについて情報を整理しておきます*2。
RhythmTrakシリーズ
RT-234以降、複数のRTシリーズの製品がリリースされました。ですが、今となっては型番体系が理解困難でどれが上位モデルなのか、どれが新しいモデルなのかよく解らないので一旦整理しておきます。
モデル名 | 日*3 | Dr音色数 | Ba音色数 | 備考 |
---|---|---|---|---|
RT-234 | 1988/1/1 | 124 kit | 50 | ドラム音色数不明 事実上の標準機 |
RT-123 | 1999/1/14 | 80 kit | 25 | ドラム音色数不明 事実上の廉価機 SoundChange無し |
RT-323 | 2000/12/15 | 64(Preset) + 64(User) kit 377 tones |
55 | 事実上の最上位機 24bit/48KHz DAC |
RT-223 | 2004/11/30 | 70(Preset) + 57(User) kit 213 tones |
12 | 事実上のRT-123の後継機 SoundChange無し 24bit/44.1KHz DAC Reverb, COMP/EQ搭載 Big Fish Audioから音色供給*4 |
SB-246 | - | 80 kit 529 tones |
24 | RT-223のHipHop音色版 SoundChange無し |
"SoundChange"については後述しますが、この機能の有無で単なるリズムマシンなのかそれ以上のポテンシャルを秘めているのかが異なります。
これらの特徴を箇条書きすると、以下のように言えるでしょう。
- RT-234は初号機にしてスタンダードなモデル(メーカー非公表ながら後述の通り量子化ビット数は16bitのDACが使われていることを確認)
SoundChange機能搭載 - RT-123は廉価モデルでRT-234から音色数を削ったモデル、RT-223はその後継機でDACを24bitに強化しつつBigFishAudioから音色供給を受け音をリニューアル(さらに音をHipHop系に入れ替えただけのSB-246という派生モデルも登場)
これらの廉価モデルはSoundChange機能は搭載しない - RT-323は最上位モデルでRT-234に音色追加のうえ、DACを24bitかつ48KHzに強化
SoundChange機能搭載
Bassプログラム
ドラムマシンもリズムマシンも同じ意味で使われることが多いですが、RTシリーズは厳密な意味でリズムマシンと言えます。すなわち、ドラム(パーカッション)音色だけではなく、音階のあるベース音色も発音可能です。
RT-234を基準に考えると、各モデルの関係性が判りやすいです。
- RT-123
- 搭載する全てのBassProgramと同名の音色がRT-234に存在する(RT-234から25音色を削った)
- RT-323
- RT-234の全てのBassProgramと同名の音色に加え、5個のRT-323固有の音色名が存在する(RT-234に5音色追加した)
- RT-223
- BassProgram名が従来機と全然違う(命名基準が変わっただけなのか、Big Fish Audioから音色供給を受けてベース音色も完全リプレースされたのかは不明)
なお、RT-323でDACが強化されていたりするので、同名の音色が「同じ音」と言えるかは個人差があるかもしれませんが、一般的な意味では同じと考えて問題ないと思います。
SoundChange機能
私の記憶では当時から全く訴求されていなかったと思うのですが、RT-234とRT-323の2機種だけにはSoundChangeという機能があり、本体に1本のスライダが搭載されています。
このスライダはSOUND JAMMER(サウンドジャマー*5 )と表記されており、取説曰く「ピッチ、音量、音色を連続的に変化させながら演奏できます」と説明されています。一方、本体パネルにはこの3つに対応するLEDに、PITCH、VOLUME、SOUND CHANGEと表記されています。ピッチ=PITCH、音量=VOLUMEは判りますが、音色=SOUND CHANGEって???
典型的なシンセサイザーで、音色変化を目的とする最も一般的なパラメータならフィルター(カットオフまたはレゾナンス)でしょう。では、RT-234,323のSoundChangeはリズムマシンの主要なユーザーと考えられるギタリストやベーシスト、すなわちシンセサイザープログラマーではないユーザー向けに簡略化されたフィルターを操作するパラメータなのでしょうか?
取説には以下の説明しかありません。「スライダーを上下に動かすことでバリエーション1、バリエーション2などと音色を変化させることができます。音色変化の効果は、音色ごとに異なります。」この文言では、どのような機能なのか全く解りませんでしたが、実機を触ってみたらわかりました。
これは超簡略版プリセットベクターシンセです!
ベクター(ベクトル)シンセサイザーとしては、KORG WAVESTATIONやSCI PROPHET VSが有名ですし、YAMAHA SY22/TG33などの音色エディットに制約がある*6廉価モデルもありました。現行のソフトウェアシンセではKORG GadgetのKIEV*7がその一例ですね。多くのベクターシンセが左右上下の4象限に音色エレメントを割り当て、X-Yの2軸のジョイスティックやタッチパッドで各エレメントの音をモーフィングさせることができますが、RT-234,323のSoundChangeはこれを上下方向の1軸に限定し、割り当てるエレメントも選べなければ、元のエレメントのEG等のエディットもできないという代物のようです。ベクターシンセには疎いが一般のシンセの話は理解できるという方には、2つのレイヤーのボリュームをスライダーに連動して変化させることができ、レイヤーの片方をスライダポジションに比例、他方を反比例するように変化させられると言った方が解りやすいでしょうか。
具体的には、ベース音色ではアタック感が強いエレメントと、持続音のみのようなエレメントがアサインされていることが多く、SoundChangeスライダの操作でリアルなピッキングを表現するようなことを狙った機能だと思われます。個人的にはそのような変化はベロシティで変わってほしいと思うのですが!?
と、思ったら音色によってはベロシティによって音変わります。例えばSoundChangeが一番上でもベロシティが低いとSoundChangeが一番下の状態と同じエレメントの音で、ベロシティを大きくするとアタック音のエレメントが強く聞こえるような音色もあります。つまり、SoundChangeスライダの値だけではなく、ベロシティ値も加味して2エレメントの比率が変わるようなベースプログラムも存在します。
さらには割り当てられているエレメントがSoundChangeスライダの上下の2つだけではなく、中央にも割り当てられており、下~中央の変化と中央~上の変化と2種類の変化をするようなベースプログラムも存在します(1軸に3エレメントをアサインできるベクターシンセって自分の知る限り無いと思うのですが、ZOOMがひっそりと実現してたことになります)。
といった具合に、開発者が好き勝手に音色プログラムして、取説編集者が説明に困ってあの何を言ってるのか解らない簡潔すぎる文言になったんでしょうかね。どのベースプログラムが、どのエレメントを使っていて、どのパラメータに起因して、どう変化するのか、についての設定値を実機のディスプレイで確認することもできなければ、マニュアルにも資料としての記載も無いので、実機でスライダとベロシティを変えながら音を聴いて試してみるしかありません。プログラムとエレメントの関係とか説明し出したら、シンセで音色作ったことのないギタリストやベーシストが理解するには時間がかかるでしょうから、取説にも書かない方針にしたんでしょうかね(しれっとエレメントとか書いてますけど、メーカーや機材によってはボイス、ウェーブフォーム、シングルなど用語違いますし、同様にプログラムと書いてるのもパッチ、パフォーマンス、コンビなど用語違いますし…みたいな用語沼を恐れてZOOMは一切触れないことにして蓋をしたのかも?)。
ドラム音の場合、キックやスネアはDecayが長いのと短いのがアサインされている*8ようで、Decay timeを設定しているかのような感覚で操作できます。クローズドハイハットはペダルハイハットっぽくなったりするものもあります。パーカッションの中にはカウベルとハンドクラップが入れ替わったりするような実用性不明なものもあります。
そして、このSoundChangeはMIDI CC#83にアサインされています。単なるコントロールチェンジですから、チャンネルメッセージです。ベースの場合は何も問題ありませんが、ドラムキットの場合は困ります。要するに、ドラムキット内の全音色が同じSoundChange Valueの影響を受けるので、キックのdecayは短いままでいいけど、ペダルハイハット風に鳴らしたいというのは不可能です*9。DAWで曲作る人なら、SoundChangeを適用した好みのドラム音はサンプリングして使った方が手っ取り早いでしょう。
というわけで、RT-123,223は単なるリズムマシンですが、RT-234,323はリズムマシン+プリセットベクターシンセでもあります。何故当時訴求ポイントにしなかった。。。
このプリセットベクターシンセでどこまでできるのかなと興味を持ってしまったので、使い込んでみる前にまずは分解清掃することにしました。
RT-234分解編
※分解により何らかの損害・損失等の被害が生じた場合にも私は責任を負いません。お試しになる場合は自己責任にて作業してください。
RT-234は普通のプラスドライバー1本だけで分解可能です。フラットケーブルに隠れたネジが1本と、背面のMIDIコネクタを固定しているネジ1本を見落としやすいので注意しましょう。また、ボトムの金属板を止めているネジと背面のMIDIコネクタを固定しているネジだけ長さが違いますが、内部の基盤固定ネジは全て同じです。
ボトムの金属板取り外し後
- 右上に見えるスプリングで、ボトムの金属板(鉄板?)と接触している(アース対策?)
- 左右に2つ圧電スピーカーのようなパーツが確認できる(セロテープのようなもので細い配線が固定されている)
- RTシリーズには音を鳴らすための内蔵スピーカーは無いのだが
なお、基板を固定するネジを外し、基板を取り外そうとすると、外れません。基板から生えているフラットケーブルがテープでケースに固定されていますので、テープを剥がします。フラットケーブルは着脱可能なコネクタになっていませんので、そのままの状態を維持します。
基板取り外し後
- ゴムボタンのシートが取り外し可能
- ゴムボタンのシートの下には基板上のチップLEDを導光する透明樹脂板があり取り外し可能
- ゴムボタンシート(左右2パーツ)、透明樹脂板(雑に扱うと割れそう)、本体ケースは水洗い可能と思われる*10
- 本体ケースはABS樹脂の表示があるので、食器用洗剤で洗った
- 透明樹脂板とゴムボタンシートは材質が判らないので洗剤不使用で水洗のみ*11
- ゴムボタンシート裏面の導電性ゴム部分にゴミやホコリが付着しないよう、拭き取り時や乾燥時に注意
- ゴムボタンシート本体と導電性ゴムの隙間に水分が残りがちなので時間をかけてよく乾かす
- 変質・変形を防ぐため、ドライヤーは使わない
- 直射日光も避ける(導電性ゴムへのホコリ付着防止のため室内乾燥推奨)
メモリバックアップバッテリ
- 溶接された電極部品で読取れないが、Maxell CR■■■2と読める
- 形状・サイズからしてCR2032と判断可能
- 電極の基盤取り付け部のピン間隔は約20mm
- (表面実装タイプではない)基盤取り付け用CR2032用電池ホルダへの換装が可能と考えられる(要はんだ付け)
メイン基板左側
- IC3(型番読取り不能): 電源のレギュレータIC?
- よく見慣れた3端子レギュレータではなく5端子
- IC14(NJM2100): 2回路入りオペアンプ
- ドラムパッド基盤裏面の圧電スピーカから入力されている模様
- 圧電スピーカを圧力センサとして使用していると考えられる
- 圧電スピーカーは左右2つ存在するが、パターンを追うと単に並列接続されており、左右個別に機能しているわけではない
- コンパレータを形成し2回路で2bitのADCとしてドラムパッドのベロシティ検出用か?
- ドラムパッド基盤裏面の圧電スピーカから入力されている模様
- IC5(ZOOM 234-0002): メインプロセッサ兼ドラムパッドコントローラ?
- ZOOM独自チップで234始まりのためRT-234専用品か?
- ドラムパッド基盤からの配線やIC14が繋がっているようで、ドラムパッドコントローラ(キーボードコントローラ)的な役割と推測される
- メインプロセッサもこのチップかもしれない
- IC6(74HC573A): トライステートラッチ
- SRAM(IC9)の方にパターンが延びている
メイン基板中央部
- IC11(SHARP PC910): フォトカプラ
- MIDI入力回路の定番フォトカプラ
- IC10(74HC14A): 6回路入りシュミットトリガ・インバータ
- IC11の後段に位置。MIDI IN信号安定化目的と思われる
- IC7(ZOOM ZSG-2): DSP?
- IC8(ZOOM 234-1001 9834K7023): マスクROM?
- ZOOM独自チップで234始まりのためRT-234専用品か?
- RT-234のシステムとプリセットパターンや音源波形を記録したROMと考えられる
メイン基板右側
- IC2(NEC μPD6379A): 2ch 16bit DAC
- IC13(NJM3414A): 2回路入りオペアンプ
- IC1(NJM4558): 2回路入りオペアンプ
- IC1とIC13のどちらかでライン入力とRT-234の音源出力(IC2の出力)のミキサ、他方で出力のラインアンプを構成していると考えられる
ドラムパッド基板
- 基板上の接点をゴムボタンシートの導電性材料で導通させる一般的なタイプ
- 本体パネル上ではDRUM A, DRUM B, DRUM C, BASSボタンに対応する基板上のシルク印刷がSW16DRUM.A, SW15DRUM.B, SW14PERCUSS, SW13BASSとなっている
- 設計時には2ドラムキット+1パーカッション+1ベース構成だった?
- (妄想)パーカッショントラックがクロマチックパーカッションを想定したものだったらベース以外にも音階のある楽器音が演奏できたのかも
波形メモリ量の制約で諦めたのか、クロマチックパーカッションではない単なる打楽器を意図していたためドラムキット内に統合してシステムをシンプルにしたのかは定かではない
- (妄想)パーカッショントラックがクロマチックパーカッションを想定したものだったらベース以外にも音階のある楽器音が演奏できたのかも
- 設計時には2ドラムキット+1パーカッション+1ベース構成だった?
と、言った感じで音を出さずに眺めているだけでも各ブロックの機能の予想ができる楽しい基板です。蛇足ながら、最近YAMAHA QY20も分解したのですが、あっちは小型化が重要だったモデルということもあってか、表面実装コンデンサ等が多用されており、素人が部品交換するのは困難な印象でした。一方、RT-234は普通の電解コンデンサが多用されており、(不良個所の特定さえできれば)修理も比較的簡単そうです。基本的に片面実装(メモリバックアップバッテリと圧電スピーカらしきパーツ以外)なのも修理観点では利点と言えます。また、古い機材ではコンデンサ周りの問題以外にも液晶のバックライト消えやコントラスト低下などもよくある事例ですが、RT-234のディスプレイは7セグメントLEDだけですから、液晶やバックライト由来の問題が起きないのも、改めて考えるとメリットかもしれません*12 *13。
現代のRhythmTrakシリーズ
RTシリーズ最後のRT-223以降、10年以上ZOOMのリズムマシンの話題を目にしなかったので、せっかく参入したけどBOSS(Roland)の牙城を崩せずに撤退したのかなと思っていました。
個人的に、近年は熱心に電子楽器の情報を追いかけているわけではないので知らなかったのですが、現在はAero RhythmTrakシリーズとしてARQなんて製品が出ているんですね。しかも単なるリズムマシンではなく、かつてのRoland Grooveboxシリーズの派生モデルみたいなリアルタイムパフォーマンス志向の機材として。

ZOOM ズーム エアロリズムトラック Aero RhythmTrak AR-48
- 発売日: 2017/11/30
- メディア: エレクトロニクス

ZOOM ズーム リズムマシン エアロリズムトラック Aero RhythmTrak AR-96
- 発売日: 2016/06/30
- メディア: エレクトロニクス
EDMシーンでの利用を訴求しているようですから、内蔵波形はRTシリーズとは全然違うものなのでしょう。かつての所謂Grooveboxシリーズ*14のような音源部に今風のセンサーを詰め込んでブラッシュアップしたら期せずして蛍光灯みたいな形になったという感じなのでしょうか。ちょっと実物触ってみたい。
以上。
*1:良い意味ではない。
*2:基本的に取説PDFから情報収集しています。
*3:MIDI implementation chartに表記された日付を抜粋
*4:"The BEATBX sounds have been supplied by Big Fish Audio."の表記有
*5:カタカナ表記だと音を阻害する機能みたいですよね。
*6:AWM+FMで一見凄そうなのですが、FM音源部はプリセットのみだったり、エディット可能なパラメーターは制限されています。
*7:WAVESTATIONのWavesequenceを取っ払い、PCM波形のみ割り当て可能にしたような印象。蛇足ながらKIEVにはM1ピアノ波形も含まれていて何かと便利に使える印象。
*8:この場合、別波形を保持してROM容量を消費するのではなく、Decayが長い方だけを保持し、AMPの値を経時的(ADSRのDだけのEG)に乗算してShortDecayを作ってROMを節約するようなことをしているかもしれません。
*9:複数のドラムキット(別MIDI CH)を同時に扱えるので、別のドラムキットを使えば不可能ではないですが…。
*10:実際に洗浄したが問題は発生していない。洗浄は無保証で、自己責任。
*12:7セグメントLEDが点かなくなった場合には、同じピン配置の代替品を探す必要がありますが。
*13:本体内でリズムパターンを組むような場面では情報量の少なさは歓迎できないですが、外部シーケンサを使う分には無関係ですし。
*14:つまみやフェーダーだけではなく、D-beamのような非接触コントローラを搭載したモデルやD2のようにタッチパッドコントローラを採用するなど、振り返ってみると多様な入力系が試行錯誤されていましたね。